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烏森発牧場行き

吉川良 烏森発牧場行き

第331便 オネガイデス

 ロシアのこともウクライナのことも考えたことのない奴が、いろいろ言うなよと思われるかもしれないが、いろいろ言うわけでなし、ただテレビの報道を見ていて、どうして人間をどんどん殺すんだよ、どうして建物とか自然を破壊するんだよと、悲しくてどうにもならない。

 「なんとか侵攻なんかやめてください。おねがいします」
 そう思うのだが、それをいったい、誰に頼んだらいいのかわからないので空しい。
 そんな気持ちが消えずに競馬を見ながら、馬主の誰か、「戦争はやめてください。お願いします」という祈りから、「オネガイデス」という名の馬を走らせてくれないかなあと、私は冗談でなしに思ったりする。
 アドルフ・ヒトラー(1889-1945)とチャールズ・チャップリン(1889-1977)が出てくるテレビ番組を見た。この二人、誕生日が4日しか違わないとナレーション。
 「チャップリンの独裁者」という作品は、ナチズム政権の最盛期である1940年に製作され、独裁者ヒトラーを徹底的に皮肉った、まさに命がけの撮影だった。「チャップリンの殺人狂時代」ではラストシーンで、
 「一人殺すのは殺人者で、百万人を殺す者は英雄なのか」
 という反戦メッセージがある。1947年の作品で、1948年にチャップリンはノーベル平和賞候補に推薦されたが、1953年の「赤狩り」に追われてスイスへ移住した。
 「ウクライナの戦争を止めてください。オネガイデス」
 と私はチャップリンに頼んでいた。
 2022年6月8日、「牧場ツアー」とマジックで書いた段ボール函から写真を選びだしていた。
 共有馬主クラブの、社台ダイナースサラブレッドクラブの創立は1980(昭和55)年である。その年から会員参加の牧場ツアーがあったが、年に3度となったのは1983年から。その年から年に3度、私は欠かさずに参加していて、会報誌に同行記を書いている。
 初めは少数の参加だったが、1983年にオークスをダイナカールが勝ち、1986年にダービーをダイナガリバーが勝って参加者が増え、1990年だったかツアーのバスが5台になった時、
「5台になった」
 とボスの吉田善哉が涙ぐみそうな顔で私に握手してきたのは忘れられない。
 長い年月、私は牧場ツアーに参加しているものだから、その折の記念写真が無数にあって、それ専用の段ボール函があるのだ。
 ふと私は、コロナ禍で中止だった牧場ツアーが3年ぶりに再開で、今年2月に亡くなった矢野進を写真で連れて行こうと思いつき、矢野進のツアーでの写真を探しはじめたのだ。調教師を引退してからの矢野進は、年に3度の牧場ツアーを楽しみにしていて、会員たちに競走馬のあれこれを教えて人気だった。
 今は誰もがスマホの写真で、その写真を手にしなくなったが、昔は記念写真がうれしかった。
 矢野進の写真を探しながら、写真の永田和之と会った。群馬の桐生市から家族でツアーに来ていたなあ。おっ、徳島市からの鈴江襄治の奥さんと並んでいる写真。福岡市から参加の富岡常泰も笑っている。ああ、加藤吉策も新潟から来ていた。貝塚市の浜田吉通も放牧地で笑っている。
 あれ、永田も鈴江も富岡も加藤も浜田も、みんな医師で、みんな空へ旅立ってしまった。
 菊花賞を勝ったダンスインザダークを持っていた鈴江襄治とは、阿波踊りの列に入ったよなあ。
 皐月賞を勝ったアンライバルドを持っていた富岡常泰とは、博多の中州で朝まで飲んだ。
 ああ、幸せな気分だったなあ、放牧地での、募集馬を見ながらの、風に吹かれながらの会話。
 そうだよ、矢野進だけでなしに、競馬を愛していたお医者さんたちも、久しぶりの牧場ツアーに連れて行こうと、何枚もの写真を鞄に入れた。
 「6月10日、金曜日、午前7時50分、千歳空港をバスで出発。ノーザンファーム、追分ファーム、社台ファームにて募集馬展示。午後6時千歳空港にて解散」
 という時間表は6月11日も同じ。2日続きの日帰り牧場ツアーである。両日ともバス9台。

 2022年6月9日、午後6時すぎ、私は羽田空港にいた。2019年9月以来の羽田空港である。誰もがマスクをしている往来のなか、コロナもようやく下火だなという安堵感でロビーに座りながら、ここはウクライナとちがって爆撃される心配がないのだと、あらためて思い、そこでも私の馬、「オネガイデス」を心のうちで走らせた。
 千歳駅近くのホテルに泊まり、翌朝7時すぎからツアー参加者をむかえる。ツアーが中止だった2020年、2021年に、私はツアーに関連した手紙をたくさんもらっている。1年に1度、牧場の風に吹かれ、空を見上げ、馬たちの群れを見ることが、自分たちの日常において、どんなに楽しい非日常であったかという、牧場ツアーが中止になった寂しさを語る手紙が多かった。
 バスが出発する。おお、久しぶりの北海道。うれしいなあ。
 「ごめん。ボクは、まだ牧場ツアーに来てる。でも、いっしょに来てるよ」
 と私は鞄のなかの写真の人たちに言いながら、勇払原野の木立ちを眺めた。
 先ず初めにレーヴディソールの21を見つめる。メス。父ロードカナロア。母の父アグネスタキオン。鹿毛。体重427キロ。予定厩舎、萩原清厩舎。40分の1口金額、125万円。
 「実際はボクらが見ても、何ひとつ分からないのだけれど、それでもひとりひとりに、そのひとの見方というのがあるのがおもしろいし、それが楽しいんですよね。
 ひとりひとりが、それぞれの経済事情と相談しながら、夢を見る。なかなかうれしい夢にありつけないのだけど、その夢のために仕事をがんばれる人もいるし」
 と永田和之が言っていたのを思いだしながら私は、今にも雨を降らせそうな空を見上げ、その場にふさわしくないと感じながら、「オネガイデス」と、人間や建物を殺さないでと願っていた。