烏森発牧場行き
第270便 平塚ろうば会
2017.06.12
Tweet
2009(平成21)年6月下旬から9月初旬まで、北海道新冠郡のビッグレッドファーム明和で暮らした。ビッグレッドファームを営む岡田繁幸さんの好意で私が住んだ住宅は、廃校になった明和小学校の跡地に残る教員用住宅である。
朝起きると、歩いて500歩ほど、種牡馬厩舎へマイネルラヴやタイムパラドックスやステイゴールドに挨拶をしに行く。
晴れた日、種牡馬たちは放牧地にいる昼すぎ、種牡馬厩舎に近い池のほとりのベンチに男が3人いて、「こんにちわ」、声をかけた。
牧場へ来た人のほとんどに、何処から来たのか、どうして来たのか、私は質問をすることにしていた。
男たちに近づき
「どちらからですか」
聞いた私に、3人の視線が集まり、
「あの、桜木町駅の近くの、モスバーガーに、よくいましたよね。ちがうかなあ?」
とひとりだけ若い男がびっくり顔で言った。私はウインズ横浜へ行くとき、そのモスバーガーに寄って競馬新聞を読んでることが多い。どうやらコーヒーショップ仲間だったようだ。
ステイゴールドをなんとか呼び寄せて写真をとったりした3人組は、私の住む家にあがってコーヒーやビールをのんだりした。
「こいつが牧場めぐりをするなんて言いやがって、おれたちもついて行ってみようやって。こいつ、酒をのめないから、レンタカーはおまかせ」
と笑ったのは神奈川県平塚市に住む62歳の植木職人シゲさん。こいつと言われたのが藤沢市に住む26歳のツボウチくんで、植木職人をめざしてシゲさんの弟子。もうひとりが平塚に住む60歳のススムさんで電気工事業。その日、私もいっしょにナイターの門別競馬場へ行った。
2009年12月、ツボウチくんから誘いの電話がきて、私はシゲさんの家のすきやきパーティに出かけた。北海道で会った3人のほかに、平塚に住む58歳の予備校教師のツネさんがいて、平塚の3人は、ウインズ横浜の常連のツボウチくんに電話で馬券を頼んで買ってもらう仲間だった。
それから毎年の12月の、シゲさんの家のすきやきパーティは続いている。
「あのビッグレッドファームでステイゴールドを見ていた日は、何年過ぎても、夢ものがたりの一日だったよなあ」
とシゲさんが言い、
「あんな日は二度とないね」
とススムさんが言うのだ。そんなセリフを聞くのがうれしくて私も、すきやきパーティで酔っぱらいながら、ステイゴールドやマイネルラヴを見ていた男たちの幸せな景色を頭に描くのだ。
2016年12月のこと、そのすきやきパーティでツネさんが、「老馬会」、「労馬会」と、ふたつの会名を並べたメモを私に見せ、
「この会も、なんと8回目という歴史を作ったんですよ。それでわたしが、会の名前をつけようやと言ったら、みんな賛成。で、みんなトシとってきても競馬が好きだから平塚老馬会か、みんなジイさんになっても労働してるから平塚労馬会かって話になって、どっちがいいかと」
と相談されたのである。
「どっちも捨てがたいから、平仮名で、ろうば会。平塚ろうば会はどうかな?」
そう私が言うと、シゲさんもススムさんも拍手をし、それで「平塚ろうば会」が決まったのだった。
2017年4月22日のこと、ウインズ横浜で会ったツボウチくんが、
「おれの親父、今日が誕生日で、今朝、還暦だあって神妙な顔をしてました」
と馬券をやりながら言うので、
「カンレキだなんて青春だ。おれなんか、この2月で八十歳になっちまって、びっくり」
と私が言ったのだ。
それが平塚ろうば会の仲間で話題になったのか、
「うちの親分(シゲさん)やツネ先生が、ヨシカワマコトの八十歳の祝いをしようって話がまとまって、すきやきパーティをやろうって。5月1日、どうでしょうか」
とツボウチくんが電話してきた。
4月28日、金曜日の夜のこと、ツネさんがケイタイをかけてきて、
「蛯名正義騎手は好きですよね」
と言うのだ。
「エビショウをダービージョッキーにしたい会の会長です。会長しかいない会だけど」
そう私が返事をすると、
「いやいや、ちょっと、考えることがあって」
とツネさんは電話を切った。
5月1日の夕方、シゲさんの家へ出かけた。バスで藤沢駅へ。そして電車で辻堂と茅ヶ崎を過ぎて平塚。歩いて15分ほどのシゲさんの家。その間、たまたまビッグレッドファームで会って、つきあいが生まれて、みんなそれぞれにトシとって、そんな流れのなかで、おれの八十歳のためのすきやきパーティだなんて、うれしいもんだなあと私は自分に言っていた。
シゲさんの家の居間の壁に、「マコトさん、八十歳」と書いた半紙が貼ってあり、ツボウチくんのグラスにはノンアルコールビール、ほかの人にはビールが注がれ、GⅠレースの時のファンファーレをツボウチくんが口真似して、乾杯。そうしてシゲさんが、私の前に2枚の馬券を置いた。
「わたしたちもびっくりしました。冗談のつもりのプレゼント馬券が、それこそ、神ってしまって、びっくりもいいとこ」
とツネさんが言い、見てくださいとシゲさんが指先に言わせた馬券を見ると、4月29日の東京9R秩父特別の、蛯名が乗ったマコトサダイジンの単勝が1,000円、マコトサダイジンからの馬単4点が各500円の馬券だ。
「1着マコトサダイジン。11頭立ての6番人気。2,020円。1番人気のルメールのアヴニールマルシェへ馬単⑪―②、5,040円。みごと、的中してしまったのでした」
そうツネさんが説明し、ススムさんが用意した小さな踏み台に私は立たされ、シゲさんから2枚の馬券をいただき、「では、勝利者インタビューです」とツボウチくんから顔の前にマイクがわりのスプーンを置かれ、泣きそうになってしまった。
朝起きると、歩いて500歩ほど、種牡馬厩舎へマイネルラヴやタイムパラドックスやステイゴールドに挨拶をしに行く。
晴れた日、種牡馬たちは放牧地にいる昼すぎ、種牡馬厩舎に近い池のほとりのベンチに男が3人いて、「こんにちわ」、声をかけた。
牧場へ来た人のほとんどに、何処から来たのか、どうして来たのか、私は質問をすることにしていた。
男たちに近づき
「どちらからですか」
聞いた私に、3人の視線が集まり、
「あの、桜木町駅の近くの、モスバーガーに、よくいましたよね。ちがうかなあ?」
とひとりだけ若い男がびっくり顔で言った。私はウインズ横浜へ行くとき、そのモスバーガーに寄って競馬新聞を読んでることが多い。どうやらコーヒーショップ仲間だったようだ。
ステイゴールドをなんとか呼び寄せて写真をとったりした3人組は、私の住む家にあがってコーヒーやビールをのんだりした。
「こいつが牧場めぐりをするなんて言いやがって、おれたちもついて行ってみようやって。こいつ、酒をのめないから、レンタカーはおまかせ」
と笑ったのは神奈川県平塚市に住む62歳の植木職人シゲさん。こいつと言われたのが藤沢市に住む26歳のツボウチくんで、植木職人をめざしてシゲさんの弟子。もうひとりが平塚に住む60歳のススムさんで電気工事業。その日、私もいっしょにナイターの門別競馬場へ行った。
2009年12月、ツボウチくんから誘いの電話がきて、私はシゲさんの家のすきやきパーティに出かけた。北海道で会った3人のほかに、平塚に住む58歳の予備校教師のツネさんがいて、平塚の3人は、ウインズ横浜の常連のツボウチくんに電話で馬券を頼んで買ってもらう仲間だった。
それから毎年の12月の、シゲさんの家のすきやきパーティは続いている。
「あのビッグレッドファームでステイゴールドを見ていた日は、何年過ぎても、夢ものがたりの一日だったよなあ」
とシゲさんが言い、
「あんな日は二度とないね」
とススムさんが言うのだ。そんなセリフを聞くのがうれしくて私も、すきやきパーティで酔っぱらいながら、ステイゴールドやマイネルラヴを見ていた男たちの幸せな景色を頭に描くのだ。
2016年12月のこと、そのすきやきパーティでツネさんが、「老馬会」、「労馬会」と、ふたつの会名を並べたメモを私に見せ、
「この会も、なんと8回目という歴史を作ったんですよ。それでわたしが、会の名前をつけようやと言ったら、みんな賛成。で、みんなトシとってきても競馬が好きだから平塚老馬会か、みんなジイさんになっても労働してるから平塚労馬会かって話になって、どっちがいいかと」
と相談されたのである。
「どっちも捨てがたいから、平仮名で、ろうば会。平塚ろうば会はどうかな?」
そう私が言うと、シゲさんもススムさんも拍手をし、それで「平塚ろうば会」が決まったのだった。
2017年4月22日のこと、ウインズ横浜で会ったツボウチくんが、
「おれの親父、今日が誕生日で、今朝、還暦だあって神妙な顔をしてました」
と馬券をやりながら言うので、
「カンレキだなんて青春だ。おれなんか、この2月で八十歳になっちまって、びっくり」
と私が言ったのだ。
それが平塚ろうば会の仲間で話題になったのか、
「うちの親分(シゲさん)やツネ先生が、ヨシカワマコトの八十歳の祝いをしようって話がまとまって、すきやきパーティをやろうって。5月1日、どうでしょうか」
とツボウチくんが電話してきた。
4月28日、金曜日の夜のこと、ツネさんがケイタイをかけてきて、
「蛯名正義騎手は好きですよね」
と言うのだ。
「エビショウをダービージョッキーにしたい会の会長です。会長しかいない会だけど」
そう私が返事をすると、
「いやいや、ちょっと、考えることがあって」
とツネさんは電話を切った。
5月1日の夕方、シゲさんの家へ出かけた。バスで藤沢駅へ。そして電車で辻堂と茅ヶ崎を過ぎて平塚。歩いて15分ほどのシゲさんの家。その間、たまたまビッグレッドファームで会って、つきあいが生まれて、みんなそれぞれにトシとって、そんな流れのなかで、おれの八十歳のためのすきやきパーティだなんて、うれしいもんだなあと私は自分に言っていた。
シゲさんの家の居間の壁に、「マコトさん、八十歳」と書いた半紙が貼ってあり、ツボウチくんのグラスにはノンアルコールビール、ほかの人にはビールが注がれ、GⅠレースの時のファンファーレをツボウチくんが口真似して、乾杯。そうしてシゲさんが、私の前に2枚の馬券を置いた。
「わたしたちもびっくりしました。冗談のつもりのプレゼント馬券が、それこそ、神ってしまって、びっくりもいいとこ」
とツネさんが言い、見てくださいとシゲさんが指先に言わせた馬券を見ると、4月29日の東京9R秩父特別の、蛯名が乗ったマコトサダイジンの単勝が1,000円、マコトサダイジンからの馬単4点が各500円の馬券だ。
「1着マコトサダイジン。11頭立ての6番人気。2,020円。1番人気のルメールのアヴニールマルシェへ馬単⑪―②、5,040円。みごと、的中してしまったのでした」
そうツネさんが説明し、ススムさんが用意した小さな踏み台に私は立たされ、シゲさんから2枚の馬券をいただき、「では、勝利者インタビューです」とツボウチくんから顔の前にマイクがわりのスプーンを置かれ、泣きそうになってしまった。