第5コーナー ~競馬余話~
第155回 「絆」
産駒デビュー5年目の種牡馬キズナが2023年の中央競馬で2歳リーディングサイアーに輝いた。これまでは産駒デビューの2019年に3位になったのが最良の成績だった。2020年4位、2021年10位、2022年8位からの鮮やかな巻き返しとなった。
サンデーサイレンス(USA)、ディープインパクトに次ぐ父子3代にわたっての2歳リーディングサイアーは、JBISに記録が残る1974年以降では初めてのケースだ。
2023年のキズナの2歳産駒は重賞勝ちこそなかったものの、90頭が201回出走し、このうち29頭が計32勝を挙げた。獲得賞金は4億4,288万8,000円で、2位のエピファネイアに約2,700万円、3位のスワーヴリチャードに約4,000万円の差をつけた。エピファネイア産駒が12月に2勝しか挙げられなかったのに対し、キズナ産駒は12月だけで9勝を挙げた。2010年生まれの同期対決は2013年の日本ダービーと同じようにゴール前でキズナが逆転勝利した。
2010年3月5日、北海道新冠町の㈱ノースヒルズでキズナは生まれた。父ディープインパクト、母キャットクイル(CAN)という血統だ。キズナの姉ファレノプシスは1998年の桜花賞と秋華賞、2000年のエリザベス女王杯を制した名牝だ。またキャットクイルの母で米国生まれのパシフィックプリンセスPacific Princess(USA)はビワハヤヒデ、ナリタブライアンというクラシック優勝兄弟の祖母に当たる。
栗東トレーニング・センターの佐々木晶三厩舎に入ったキズナは2012年10月、京都競馬場でデビューした。芝1800㍍の新馬戦を快勝すると、続く黄菊賞も楽勝した。しかし黄菊賞の2週後、主戦を務めていた佐藤哲三騎手が落馬事故に遭い、引退に追い込まれるほどの大けがを負った。
2歳最終戦のラジオNIKKEI杯2歳S(現ホープフルS)からは、佐藤哲三騎手に代わり、ベテラン武豊騎手が手綱を取ることになった。このレースでキズナはエピファネイアの3着に終わった。
3歳初戦は3月の弥生賞。3番人気の支持を受けたが5着になった。陣営はここで皐月賞をあきらめ、目標をダービーへと切り替えた。この方針転換が功を奏する。
立て直しに成功したキズナは毎日杯で重賞初優勝を飾ると、続く京都新聞杯で重賞2連勝。絶好調で日本ダービーを迎えることになった。1番人気に支持され、1枠1番からスタートしたキズナは後方でじっくりと構える。逃げたアポロソニック(USA)がつくる流れは平均ペース。最後の直線で後続が一気に末脚を伸ばす。先に先頭に躍り出たのは福永祐一騎手のエピファネイア。すると、その外から武豊騎手のキズナがするすると浮上し、最後はエピファネイアに1/2馬身の差をつけて、先頭でゴールした。武豊騎手は左鞭をさっと上げ、その後、右手のこぶしを握った。武豊騎手にとってディープインパクト以来8年ぶり5度目の日本ダービー制覇となった。
キズナは母キャットクイルが20歳の時に出産した息子だ。日本ダービー馬としては1942年優勝のミナミホマレ(母フロリスト)と並ぶ最高齢出産の馬による優勝記録だ。また姉のファレノプシスとは15歳差。これは1984年のグレード制導入以降ではもっとも年の差の大きなGⅠきょうだいである。
菊花賞に向かわず、3歳秋、キズナはフランスへ渡った。ターゲットは凱旋門賞だった。前哨戦のニエル賞は凱旋門賞と同じロンシャン競馬場(現パリロンシャン競馬場)の同じ距離2400㍍で行われる3歳限定戦だ。そのレースでキズナは世界レベルの実力を発揮する。10頭立てで行われたレースで武豊騎手はキズナを8番手の位置に置いた。徐々にポジションを上げ、最後の直線で追い出すと、キズナは加速。内にいたルーラーオブザワールドRuler of the World(IRE)とほぼ同時にゴールした。写真判定の結果、ハナ差で優勝を飾った。破ったルーラーオブザワールドは同期の英ダービー馬である。本番凱旋門賞はトレヴTreve(FR)の4着。2着のオルフェーヴルとともに日本馬の上位入線を果たした。
帰国後は4歳初戦の産経大阪杯で優勝したものの骨折などもあり、2015年春の天皇賞(7着)を最後に現役を引退した。
2016年に種付けを始めたキズナは現7歳が初年度産駒になる。1年目に269頭もの種付けを行うほど馬産地の期待を集めた。2018年と2019年には種付数が152頭、164頭と100頭台に落ちたが、2020年は再び242頭まで戻った。この世代が頑張り、父親を2歳のリーディングサイアーに押し上げた。
2023年12月までにキズナ産駒の中央競馬での重賞勝ち馬は13頭を数える。芝の短距離を得意とするビアンフェ(函館2歳S、葵S、函館スプリントS)から長距離ランナーのディープボンド(京都新聞杯、阪神大賞典2勝、仏フォア賞)まで産駒のバリエーションは豊かだ。GⅠ勝ち馬のソングライン(安田記念2勝、ヴィクトリアマイル)とアカイイト(エリザベス女王杯)に共通するのは2頭とも母の父がシンボリクリスエス(USA)だということだ。この勢いで2024年も第2、第3のソングラインを送り出してほしいものだ。