第5コーナー ~競馬余話~
第158回 「大器」
3月9日、中山競馬場でアクアマリンSが行われた。藤田菜七子騎手が乗ったオルダージュ(セン8歳、美浦・青木孝文厩舎)は16頭立ての16着に終わった。それでも勝ち馬との差は1秒3だった。
2018年10月にデビューしたオルダージュにとって42戦目のアクアマリンSは中央引退レースになった。1200㍍を中心に短距離戦で活躍し、障害レースにも1度挑戦した。3勝、2着4回、3着7回の成績を残し、6,600万円あまりの賞金を稼いだ。引退に際し、青木孝文調教師は「まじめな性格で、いつも持てる力をすべて出してくれました」と話した。オルダージュの引退によって、中央競馬からタイキシャトル(USA)の子はすべていなくなった。オルダージュはJRAに在籍していた最後のタイキシャトル産駒だったのだ。
タイキシャトル産駒が競走年齢に達したのは2002年。初出走は6月の阪神競馬場だった。テイエムリキサン(牡2歳、栗東・福島勝厩舎)が新馬戦に出走して、16頭立ての6着になった。初勝利は同年8月の小倉競馬場。メイショウカゼッコ(牝2歳、栗東・瀬戸口勉厩舎)が芝1200㍍の新馬戦で逃げ切り勝ちを収めた。年末までにタイキシャトル産駒は中央で11頭が計13勝を挙げた。重賞勝ちこそなかったものの、2歳リーディングサイアーの3位につけ、新種牡馬ランキングではトップになる好スタートを切った。
2003年、初年度産駒のうちの1頭ウインクリューガー(牡3歳、栗東・松元茂樹厩舎)が3月のアーリントンC(阪神、芝1600㍍)で優勝し、父のタイキシャトルに初重賞をプレゼントした。ウインクリューガーはその後、毎日杯(阪神、芝2000㍍)に出走して8着に終わるが、再び距離を短縮したNHKマイルC(東京、芝1600㍍)では武幸四郎騎手の手綱に導かれ、2番手から抜け出して快勝。タイキシャトル産駒として初めてのGⅠ制覇を果たした。毎日杯の敗戦後だったためウインクリューガーは9番人気の伏兵扱いだった。1番人気は兄武豊騎手が騎乗したゴールデンキャスト。ゴールデンキャストもまたタイキシャトル産駒だった。
2年目の産駒からも大物が現れた。それがメイショウボーラー(牡、栗東・白井寿昭厩舎)だった。2歳時に重賞で2勝し、3歳時も皐月賞3着、NHKマイルC3着と実力のあるところを見せた。その後、古馬相手の短距離戦線で勝ち切れずにいたが、4歳になってダートに転向。すると新しい一面を見せた。ガーネットS、根岸Sと重賞2連勝。1番人気で臨んだフェブラリーSも制し、タイキシャトル産駒2頭目のGⅠ馬になった。
初年度、2年目と立て続けにGⅠ馬を送り出したタイキシャトルだったが、その後は勢いがなくなった。ビッグタイトルは2010年のJBCスプリント(船橋、ダート1000㍍)で優勝したサマーウインド(牡5歳、栗東・庄野靖志厩舎)だけに終わった。ただ母の父としてダービー馬ワンアンドオンリー、桜花賞馬レーヌミノル、スプリンターズSなどGⅠ3勝のストレイトガールを送り出したことは忘れてはいけない。
タイキシャトルは1994年3月23日、米国で生まれた。父はデヴィルズバッグDevil’s Bag(USA)、母はウェルシュマフィン(GB)という血統だ。
2歳の夏に来日し、美浦の藤沢和雄調教師に育てられた。無理せず、ゆったりと仕上げられたタイキシャトルのデビューは3歳の4月までずれ込んだ。しかし、そこから3連勝。4戦目で2着になり、初黒星を喫したが、夏の休養を挟んで、10月に復帰すると4連勝。ユニコーンS、スワンS、マイルチャンピオンシップ、スプリンターズSと一気に最優秀短距離馬の座にまで上り詰めた。3歳でスプリンターズSとマイルチャンピオンシップを制覇した競走馬はいまだにタイキシャトルだけだ。
4歳になった1998年も向かうところ敵なし状態が続いた。京王杯SC、安田記念と連勝を伸ばした。そして勇躍、フランスに遠征。ジャックルマロワ賞で1着となり、ついに海外GⅠのタイトルを手にした。帰国後、マイルチャンピオンシップの連覇を果たし、引退レースのスプリンターズSではまさかの3着に終わった。ユニコーンSから続いていた重賞の連勝記録は「8」でストップした。
それでも1998年はJRA賞の年度代表馬と2年連続の最優秀短距離馬、加えて最優秀4歳以上牡馬にも選ばれた。外国産馬、短距離馬が年度代表馬になったのは初めてのことだった。1999年には顕彰馬になり、競馬の殿堂入りを果たした。短距離馬のステータスを高めた功績は大きい。
1999年から2017年まで19年間の種牡馬活動で1,400頭あまりの産駒が血統登録され、このうち1,100頭ほどが中央競馬に所属した。種牡馬引退後はのんびりと余生を送っていた。2022年8月17日、最後の住処となった北海道新冠町のノーザンレイクで老衰のため28歳の生涯を閉じた。
オルダージュの引退で中央競馬に所属するタイキシャトル産駒はゼロになったが、高知に移籍したオルダージュを含め、地方競馬では8頭が現役を続けている。