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第71回 『競馬の翻訳』

2014.11.13
 以前のコラムでも記したように、北海道のFM局で、DJ兼放送作家をしている自分だが、先日、凱旋門賞をリスナーの方に伝えようとしたとき、ふと台本を書く手が止まった。
 このコラムをお読みの皆さんなら、凱旋門賞がどれほど凄いレースかということは、何も説明せずともお分かりだろう。しかし、凱旋門賞の凄さを、競馬を全く知らない方に分かりやすく伝えようとすると、何かと説明が多くなってしまうことに気付かされる。

 まずは凱旋門賞の位置付けが問題である。TVなどでは「世界最高峰のレース」とも表現されるが、アメリカにはブリーダーズカップという、こちらも世界最高峰と呼ぶに相応しいレースがあるからだ。

 正確には凱旋門賞のことを「ヨーロッパ最高峰のレース」とすべきなのだが、では、なぜに日本馬はヨーロッパのGⅠレースを目指しているのか?と聞かれた場合、凱旋門賞と日本馬の挑戦のあらましや、これまでの凱旋門賞の歴史、何より近代競馬がヨーロッパでどう発展していったかなども、説明をしなくてはいけないような気がしてくる。

 そのブリーダーズカップでも、レースが行われているダートコースの違いを、日本とアメリカとで表現するのが、また難しい。「日本のダートコースは砂だけど、アメリカは同じダートコースとはいえども、実際は土の上を走っているようなもので...」などの説明をしていたら、FM番組内では約10分ほどの競馬コーナーが、まさかの馬場説明だけで終わってしまう。

 その場合、他のスポーツに当てはめるという表現方法もある。例えば芝とダートの違いを、テニスのクレーコートとグラスコートに当てはめれば分かりやすい気もするが、錦織圭選手の全米オープンでの奮闘こそあれど、他の大会とのコートの違いまで注目して試合を見ている視聴者はほとんどいないはずだ。

 知名度でいうなら野球やサッカーに当てはめるのが間違いないが、両者共に基本的には芝の上で行われている競技であり、芝と人工芝の違いがあるとはいえ、最近は打球の弾み方などでそれほどの差が出ないようになっている。これを日本とヨーロッパの馬場の違いに当てはめるのは、かなり強引な気がする。

 サッカーと言えば、ワールドカップ。競馬にもドバイワールドカップというレースがあり、しかも日本馬が優勝を果たしている。それでもサッカーほど「ワールドカップ優勝!」と騒がれないのは、サッカーのワールドカップを優勝することの凄さと、ドバイワールドカップで優勝することの凄さが、同列で扱えない(もしくは扱ってもらえない)からなのだろうか。

 このラジオの仕事もそうだが、最近は初心者の方へ競馬の魅力を伝える仕事が増えてきた。その場合、念頭に置いているのは、「また競馬をやってみたい(競馬場に来たい)と思ってもらうこと」である。そのためには競馬の先生として結果を当てるべく予想をしたり、もしくはレースの面白さや、馬や騎手の魅力を伝えるべく知恵を絞りまくる。それでも、時として分かりやすさよりも、普段仕事で使っている競馬の表現を口にしてしまい、きょとんとした表情を浮かべられることが時としてある。

 以前、新日本プロレスの木谷高明前会長が、「すべてのジャンルはマニアが潰す」との表現で、一時期の爆発的なブームが去った、プロレス界の低迷の理由を語ったことがある。言わば自分も「競馬マニア」から、マスコミとして仕事をさせてもらっている人間だけに、その言葉は自分に対して言われているような気もした。

 競馬もまた、ファンがマニアとなってしまう傾向にある。それは競馬が非常に奥深く、いつまでも楽しめることでもあるのだが、そのマニアしか分からない世界(言語や表現)が確立しているがために、新規のファンに抵抗感を持たれるのは非常に勿体ない。

 最近、「カープ女子」とも言われる、広島カープを応援する女性ファンが増えたという。これは若手選手の活躍や、チームカラーの赤だけでなく、野球の「分かりやすさ」が多大な貢献を果たしているのだろう。

 自分もまた、ラジオの台本を書く際には競馬を少しでも理解してもらうべく、リスナーの方でも聞いた事のある言葉を中心にまとめ、また競馬教室でも様々な比喩を取り入れるなど、「分かりやすさ」を重要視するように心がけている。特にラジオの仕事をさせてもらってそのことを痛感している。それでもまだ競馬を分かりやすく伝えるには、更なる「翻訳」が必要とされるのだろうが。

 例えば牡馬と牝馬という言葉。こうして文字にすると意味が伝わるのですが、「ぼば」「ひんば」と口に出してみた場合、初めてその言葉を聞く人にとっては、さっぱり意味が分からなかったりもするんですよね...。
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