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第178回 『インバウンドと馬産地観光』

2023.10.18

 とんでもない話を聞いた。


 ホッカイドウ競馬の生配信番組である「なまちゃき」に出演すべく、早めに門別競馬場へ行った時の話となる。


 出演前に取材陣の控室へ挨拶に行ったとき、帯広から門別へと通っているKカメラマンが、「聞いてくださいよ!」といつもの温厚そうな表情とは正反対の、かなり憤慨した様子で話しかけてきた。「新冠のサラブレッド銀座の近くを通ってきたのですが、ある牧場の放牧地に、どう見ても牧場の人ではない恰好をした人が入っていて、繁殖牝馬や仔馬に触っていたんですよ」。


 路肩に車を止めて、その光景を見ていたKカメラマンであったが、近くに案内をしているような牧場関係者の姿が無かったこと。何よりも馬への立ち振る舞いが、馬主といった関係者とはまるで違っていた。


 一般ファンが勝手に牧場内へ入っていると分かったKカメラマンは、「勝手に放牧地に入らないで!」と叫んだが、不思議なことに、その注意に対するリアクションはまるで無かった。「まさか…と思ったら、インバウンドで来ていたと思われる、アジアからの観光客でした。『Get out!』など、自分の分かる範囲の英語を使って、必至に叫んでいたら、その中の1人が意図を感じ取ったらしく、『どうもすみません』と日本語で話してきたかと思いきや、そそくさと放牧地を離れていきました」。


 その姿を見たKカメラマンは、当該牧場の関係者に、今、起こったことを伝えようと思ったが、牧場の入り口には万国共通で立ち入り禁止が一目で分かる、黄黒テープが張られていた。「むしろ、このロープの向こうによく入っていったなと、正直、呆れました」とKカメラマン。今でも放牧地沿いの道路に車を止めて馬の姿を眺めたり、放牧地の写真を撮影する観光客の姿は目にする。


 その中には、近寄ってきた馬に対して、自分も声をかけようかと思う程に近寄っていく人もいるが、無断で放牧地に入っていくというのは、こちらの想像を超えているというのか、非常識というしかない。


 Kカメラマンは続ける。「向こうの人はサラブレッドの価値を分かっていないのでしょうし、そもそも、ここにいる馬たちが、観光牧場の馬と勘違いをしているのかもしれませんね」。


 その可能性は十分にある。同調したくもないが、そのアジアからの観光客の立場になってみる。


 たまたまレンタカーを借りて日高地方へ立ち寄った際、至る所に馬がいるのを目にした。その姿を可愛いと思うばかりに、放牧地へ入って記念撮影を行った。


 文字にすると、微笑ましいエピソードにも思えてくるが、競走馬産業の中で仕事をさせてもらっている者としては、Kカメラマンのように、「お前ら、何をしているんだ!」と叫びたくなるほどに、言語道断である。


 この話を聞いた後、ふるさと案内所のホームページを開いてみた。「見学者の皆様へ」と書かれた下には、英語だけでなく、中国語やハングル語にも対応した「牧場見学の9箇条」がPDF化されていた。


 だが、これは日本人を含めて牧場見学に行こうと思っている人なら、必ず目を通すのだろうが、一般の観光客には知れ渡らない可能性がある。


 ならば、海外からの観光客が訪れるレンタカー店などに配布してもらう手もあるが、全ての観光客が日高地方といった馬産地へ赴くとは限らない。


 かといって、個々の牧場に日本語以外の表記で、「ここからは立ち入らないでください」との看板を書いてもらうのも難しい。


 Kカメラマンと、この問題をどう解決するかをしばし話し合ったが、結論は出なかった。


 なので、このコラムで起こった事実を報告し、その対処と解決策についてを皆さんにも相談したいと思った。だが、インバウンド需要が日に日に高まりつつある状況下では、既に似たような事象は、各牧場で起こっているのかもしれない。


 放牧地に近寄る怪しい人影を見つけたら、「何をやっているのですか?」と声をかけるのが、今のところは最適な対処でしかないのだろう。


 放牧地でふと見たサラブレッドの姿に興味を持ち、その結果として競馬にも親しむようになり、いずれはホースマンや競馬産業に関わる仕事を選んだり、馬主となる人もいる。


 国籍や人種を問わずに、その可能性は消したく無いが、せめてその入り口の整備だけは、何とかならないだろうかと、Kカメラマンの言葉を聞いてから日々考えている。

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