北海道馬産地ファイターズ
第179回 『見学の申し込み』
日高軽種馬農業協同組合が北海道市場で開催する定期市場。近年は多数の来場者もある中で荷物を置かせてもらったり、原稿執筆の場所を提供していただいているのが、競走馬のふるさと日高案内所内に作ってもらった、マスコミルーム(仮称)である。
マスコミルームには充分な速度のWi-Fiが飛んでいるだけでなく、多数の報道陣が一斉にパソコンを広げてもへっちゃらなコンセントも完備。しかも、部屋にはエアコンも稼働しており、せりにやってきた関係者も、「ここは涼しいねえ」と鋭気を養っていた。
その居心地の良さに拍車をかけているのが、河村伸一所長の存在である。その柔和な見た目の通りにサービス精神で、「喉が渇いてないかい?」と隙あらば、様々な種類の缶ジュースを持ってきてくれる。この夏は河村所長のおかげで水分を補給できたと言っても過言ではないが、その合間というよりも、むしろひっきりなしに、河村所長は見学についての電話応対に追われていた。
こちらにも通話の内容が応対の声からうかがえるのだが、先ほどと同じ人がまだ電話をしてきたのでは?と思えるほどに、河村所長はほぼ同じような内容を、受話器の向こうへと伝えていた。
電話を切った後、缶ジュースを手にした河村所長が自分の近くにやってくる。「最近は見学についての質問が増えているんですよ」と柔和な表情の中にも、若干の疲れがうかがえる河村所長。聞くところによると、最近の「ウマ娘」ブームを受けて、近年の馬産地観光は活発になっているという。
その際には見学の可否を問うべく、競走馬のふるさと案内所へと電話をしてくるのは、ルールとして正しい。
だが、どこか、観光牧場的な感覚で馬を見せてもらえると思っている人もいるようで、「どこに行けば馬を見せてもらえますか?」との質問は相変わらず多いらしい。「こちらとしてはどの馬を見たいのですか?と尋ねるのですが、その時に具体的な名前が出て来ない方もいまだに多いですね」と河村所長。ふるさと案内所のホームページでは「馬・牧場・施設検索」がピックアップできるだけでなく、「名馬見学ナビ」では、日程や見学時間など、より具体的に見学のプランを立てることもできる。
こちらを活用していただければ、河村所長や案内所スタッフの皆さんの手を煩わせることも無いのに…とも思ってしまうのだが、見学者の全てが、この機能を使いこなせるわけではない。
しかも会話の内容を聞いていると、レンタカーなどを用いて見学に赴いたものの、どこにいるかが分からなくなって、ふるさと案内所に電話をしてくる人もいた。
今のレンタカーにはほぼ、カーナビが備え付けられているだけでなく、スマホに入っているグーグルマップなども、充分にカーナビ替わりとなる。とはいっても、ふるさと案内所に電話をしてくるぐらいなのだから、検索システムと同様に、その機能を使いこなせない人もまだまだ多いのだろう。
大変な業務だよなあと思っていた矢先、今年のセプテンバーセールでは、また違った問い合わせの内容が、河村所長の会話の内容から伝わってきた。「個人牧場で見学を応じてくださっている方に、ウチを通して見学のお願いをさせていただいているのですが、その度に分場まで行ってもらうのも大変で、こちらとしても、いい方法は無いかと考えていたところです」。
個人牧場の中には引退した競走馬だけでなく、時には生産活動を終えた種牡馬や繁殖牝馬を、功労馬として繋養している牧場も多い。その中には公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナルが行っている、引退名馬繋養展示事業を活用するなどして、ファンが見学できる馬も多い。ただ、個人牧場では付きっ切りで対応することも大変であり、河村所長の電話対応にもあったように、生産者が分場まで行き来するとなると、ちょっとした一仕事となってしまう。
ファンのためにと思っている行動が、結果的に牧場の業務の妨げとなるのは、決して好ましいと言えない。この状況が改善されなければ、いずれは見学自体が中止となり、それはファンにとってもデメリットであろう。
だからこそ、マスコミとしてどうにかできないかというのは、前回のコラム(インバウンドと馬産地観光)と同様に今後の課題ともなっている。今のところはマンパワー(ふるさと案内所のスタッフや、見学に協力していただいている牧場関係者の皆さん)に頼らざらるを得ないのかなあと思いながらも、それがとても悩ましい。