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第194便 ウインズは永久に不滅です

2011.02.16
 1月10日,中山競馬場へ行くつもりで家を出たのだが,少しバテていて,途中下車してウインズ横浜にしようと気が変った。
 2011年になった。平成23年だ。電車で座って,あらためて思う。今年もまた去年のように,平凡な毎日をおくるのだろう。身体が丈夫でさえあればね。
 身体のことに気が向くのは,もうジイさんだからあたりまえだが,特に強く思ったのは,今,私の身近に,病院のベッドで必死に病魔とたたかっている人が3人もいるからだ。そのうちのひとりのKさんは,テレビで除夜の鐘を聞きながら倒れ,救急車で運ばれた。それを知らされた電話が,私の家の2011年の最初の電話だった。

 ウインズに行くだなんて,ラッキーなのだ。そう感じた私に,
 「ひとりぼっちの狭いベッドで」という一行が浮かんできた。
 その一行と出会ったのも1月1日である。新聞の一面をそっくり使った銀行の宣伝広告で,桑田佳祐の「月光の聖者達」という曲の詞が載っていて,
 「ひとりぼっちの狭いベッドで」という一行に目が止まってしまったのは,面会謝絶の集中治療室にいるというKさんの顔とダブったからだ。

 Kさんと2010年12月中旬にバーで会っている。そのときにKさんと若いころの安アパート生活の思い出話になり,
 「ひとりぼっちの狭い部屋で,いつか好きな女と暮らす夢を見てたよなぁ」とKさんが言っていたのを,その歌詞の一行が思いださせたのだ。

 桜木町駅からウインズへと歩きながら,
 「ひとりぼっちの狭いベッドで」と私はつぶやき,赤信号で立ち止まると,
 「ひとりぼっちの狭い部屋で」とつぶやいていた。
 そうだよ,たぶん,ウインズにいる人たちのほとんどの人が,ひとりぼっちの狭い部屋から人生を始めたのだ,と勝手に思ったのだ。

 ふと,信号を渡った先のコーヒーショップに寄った。その「モスバーガー」にはKさんと何度かいたことがあるので,そこに座りたくなったのかもしれない。カフェオレをのみながら,よくKさんと後楽園場外馬券売り場へ行ったのは,Kさんもおれも30代だった,と私は昔をふりかえった。Kさんは大手の製薬会社員,私は小さな薬品問屋勤務。

 そのころ,なんてったってスピードシンボリ,なんてったって野平の祐ちゃん,ハイセイコーにタケホープ,カブラヤオーの時代だなあ。なんだか思いだしていると,後楽園場外が,うさぎ追いしかの山,という歌いだしの,「ふるさと」という童謡の,かの山みたいな気がする。

 そう思って私は,誰にも聞こえぬように,うさぎ年の初めという気もあって,「ふるさと」を歌ってみた。すると銀座の馬券売り場が浮かんでくる。そのころ,土曜日も休みがなくて,仕事の途中,せわしなく飛びこんで馬券を買い,仕事で移動中にラジオでレースを聞いた。銀座の,かの山だな。

 テンポイント,トウシヨウボーイ,グリーングラスの時代で,自分の30代の幕が下りたのだなあ,と思いながら私は,10代の終わりころも20代も出入りしていた場外馬券売り場が,自分の人生において,かの山,かの川,忘れがたきふるさと,思いいずるふるさとなのだと,信じられるような気がした。

 「今年もよろしく」と私はウインズ横浜のエスカレーターに乗る。平成8年から10年ごろみたいな押しあいへしあいの混雑は過ぎた夢,ずいぶん客は減ってしまったが,それでもまだ,ウインズは人ごみといえるだろう。
 人ごみにいて,若い奴が少ないなあ,女性がほとんどいないなあと眺めながら,安心していて,この安心は何なのだろう,ウインズにいる安心感って何なのだ,と私は自問するのだ。

 1月5日,そして8日と9日,私の馬券はシャットアウトをくらっていた。10日も中山と京都の6Rから8Rまで女神のお呼びがかからない。年の初めは穴狙いとはしゃぐのだが,けっこうカタい決着が多いのだ。京都9R北大路特別。13頭立て2番人気アンプレシオネから4番人気コンカランへの馬単で勝負に出たつもり。ゴール前,「よっしゃ」,2011年初勝利,と思いきや,13番人気の四位ピサノジュパンがブッ飛んできて1着。

 5階の大型画面の近く,メガネをかけた太ったおばさんが,「バカ,バカバカバカ,四位のバカ,なんで余計なことをするの。四位さえこなけりゃ,わたしの③ー⑬がバッチリだったじゃないの。まったく,なんてことするのよ,四位のバカ」

 馬券を小きざみに振って吠えた。私もまったく,同じように吠えたかったのだ。試練は続く。京都10R山科ステークス。13頭立て2番人気ノルマンディーから5点の馬単を買い,ダート1200,ウンベルト・リスポリ騎乗のノルマンディーが勝ち,2着に穴と狙ったスマートブレードで決まって,けっこう穴と心ふるえたのだが,忍者の如く10番人気の和田スペースフライトが割りこんで1着。

 「ああ,ああ,泣きたい。バカ,バカ,和田のバカ,なんで余計なことするんだよ」と吠えたいのをこらえて私は,ムカムカ,ガックリ,トイレへと向い,悲しい小便をするのだった。

 トイレから戻って人ごみを眺め,しょんぼりと立ち止まってしまい,どうしてこんなにツキのない日日をおくっているのだろうと思いながら,頭の一方で,人ごみに向かい,「ウインズは永久に不滅です」と誰にも聞こえないように言っていた。

 人ごみから私に手を振っている男がいる。ウインズ近くの川のほとりでバーを営むタキさんだ。
 「今日,わたし,66の誕生日。祝ってくれる奴もいないから,ここで遊んでるの」
 「ハッピーバースデー,ツーユー」と私はタキさんの手を握った。
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