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第145回 「叫び」

2023.04.11
 2023年2月26日、中山競馬第2レースの3歳未勝利戦(ダート1800㍍)で、横山武史騎手が騎乗した1番人気のフェザーモチーフ(牡、美浦・武井亮厩舎)が優勝した。
 フェザーモチーフの父ハーツクライにとって、これがJRA通算1,436個目の白星となった。2月12日の京都記念で産駒のドウデュースが優勝した時点でサクラバクシンオーと並んでいた種牡馬別勝利数で一歩抜け出し、単独8位になった瞬間だった。ハーツクライ産駒はこの日好調で、合計18頭が出走し、フェザーモチーフの後も、ルクスドヌーブが阪神で、ハーランズハーツが小倉で勝利を加え、中山のメインGⅡ中山記念で7歳のヒシイグアスが2021年以来の同レース2勝目を挙げ、父ハーツクライの通算勝利数を1,439まで伸ばした。

 そんな快挙が達成されてからわずか11日後の3月9日、ハーツクライが天国に旅立った。起立不能になり、そのまま息を引き取った。22歳だった。2020年の種付けを最後に種牡馬を引退しており、北海道安平町の社台スタリオンステーションで功労馬としての余生を送っていた。

 2001年4月15日、ハーツクライは社台ファームで誕生した。父サンデーサイレンス(USA)、母アイリッシュダンス、母の父トニービン(IRE)という血統だ。馬名のハーツクライは「心の叫び」という意味。母の馬名であるアイリッシュダンスの演目のひとつだそうだ。栗東の橋口弘次郎調教師に育てられ、2004年1月の京都でデビュー勝ちを果たす。2戦目の重賞きさらぎ賞は3着となったが、続く若葉Sでは後の天皇賞馬スズカマンボ以下を下し優勝。皐月賞の優先出走権を獲得した。しかし皐月賞はダイワメジャーの14着に終わった。5戦目に選んだ京都新聞杯では33秒4というメンバー中最速の末脚で快勝。ダービーへと向かった。

 迎えた第71回日本ダービーは横山典弘騎手と初コンビを組んだ。最後方を進んだハーツクライは京都新聞杯に続いて、メンバー最速の34秒3の豪脚を繰り出したものの、レースレコードで走ったキングカメハメハに1馬身1/2及ばず2着に終わった。1月にデビューして4カ月後のダービーで2着まで食い込んだのは、たぐいまれな才能と体力に恵まれていたからこそだろう。しかしハーツクライは京都新聞杯を最後に勝ち星から遠ざかることになる。

 3歳秋の神戸新聞杯で3着の後、菊花賞は7着。続いてジャパンカップに挑むが10着。有馬記念も9着となり、3歳シーズンを終えた。4歳になると初戦の大阪杯(当時はGⅡ)で2着と復活の兆しを見せ、天皇賞・春は5着、宝塚記念で2着と上位に食い込んだ。けれども勝ち星にはつながらなかった。潮目が変わったのは4歳の秋になってからだ。

 天皇賞・秋に出走する際、新コンビとしてクリストフ・ルメール騎手を鞍上に迎えた。当時26歳。フランスを本拠にする若手騎手は8度目の短期免許で来日していた。新しい相棒と組み、ハーツクライも変わった。天皇賞・秋は6着だったが、続くジャパンカップでは英国代表のアルカセット(USA)にハナ差まで迫る2着となった。

 第50回有馬記念はディープインパクト一色に染まっていた。デビュー以来7戦7勝の無敗で史上6頭目の三冠馬となった3歳馬は4つ目のGⅠタイトルを目指して、暮れの大一番に挑んでいた。単勝支持率は7割を超え、70.1%に達した。単勝オッズは1.3倍。15頭のライバルに大きく水をあけた。しかしレースを制したのはディープインパクトではなく、4番人気のハーツクライだった。

 いつもは後方を進むハーツクライがこの日は3番手につけた。ルメール騎手と陣営が考えた末の秘策だった。最後の直線で早めに先頭に立つと、ディープインパクトの末脚を1/2馬身抑え、1着でゴールした。

 3歳5月の京都新聞杯以来1年7カ月、11戦ぶりの白星が初めてのGⅠタイトルになった。ルメール騎手もそれまで2着5回と惜敗していたJRA重賞で初勝利を飾った。

 有馬記念優勝で自信をつけたかのようにハーツクライはその後も活躍した。5歳3月のドバイシーマクラシックで海外GⅠ初制覇を果たすと、7月には英国のキングジョージ6世&クイーンエリザベスSで欧州の強豪と互角に渡り合って3着に健闘した。帰国後のジャパンカップを最後に現役を引退し、2007年から種牡馬活動をスタートした。

 14シーズンで2,300頭あまりに種付けを行い、血統登録馬は1,600頭を超える。ジャスタウェイをはじめJRAGⅠ、海外GⅠ、JpnⅠの優勝馬は12頭を数える。このうちワンアンドオンリー、ドウデュースという2頭のダービー馬を含め6頭が東京競馬場でのGⅠで優勝しているのは大きな特徴だ。

 今年デビューする2歳がハーツクライ最後の世代ということになる。JRAの種牡馬別勝利数でハーツクライの上にいるのは、3月20日現在、1,527勝で6位のフジキセキと、1,481勝で7位のクロフネ(USA)だ。残っている産駒の数を考えれば、歴代6位は十分に狙える。
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