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第343便 現場

2023.07.10

第90回日本ダービーの2日前のサンスポ紙に、「日本ダービーといえば、出走馬を生産した牧場にとっても、年に一度の晴れ舞台」ということで、牧場が記事になっていて私はうれしかった。

記事の書きだしをそのまま使わせてもらおう。
「今年で創業111年を迎える谷川牧場。かつて5冠馬シンザンを繁養した老舗がファントムシーフを送り出す」というのと、「トップナイフの生まれた故郷である杵臼牧場は、1999年皐月賞をはじめGⅠ7勝を挙げたテイエムオペラオーを生産した牧場として知られている」というのと、「ハシモトファームは1986年に開業。船橋所属で帝王賞2度制覇など地方重賞路線で一時代を築いたフリオーソなどを輩出してきたが、日本ダービー出走は初めて。ハーツコンチェルトを送り出す」という3つの牧場が紹介されていた。
それを読みながら私に、ディープインパクトを管理していたころの池江泰郎調教師の声がよみがえってきた。
ディープインパクトがダービーを勝った年の夏の夜、その祝いの会を苫小牧市のノーザンホースパークで開いたことがあり、そこに私もいた。
にぎやかに酔いながら、星空の下、
「ダービーを勝つというのは、それは大したことだけど、じつは、ダービーに出走するというのが大変で、もうねえ、それが競馬を仕事にする人間の夢なんですよ」
と池江さんが、それだけは言っておきたいという表情になった。
それから私はダービーが近づくと、そのときの池江さんの声が聞こえてくるのだ。
第90回日本ダービーの出走馬18頭のうち、ノーザンファーム生産馬が9頭。社台ファーム生産馬が3頭。ほかにグリューネグリーンの本間牧場、ホウオウビスケッツの岡田スタッド、メタルスピードのタバタファーム。そうだよ、どの牧場も紹介してほしかったなと私は思った。
ダービー出走が夢ということを考えると、私の頭には3歳未勝利戦が浮かんでくる。ダービーの日だって3歳未勝利戦は4レースぐらいあるだろう。どれもが16頭立てとか計算し、64頭もが未勝利脱出を願って走るのだ。それもまた別の夢。
先週のオークスの日、京都2R3歳未勝利戦は18頭立て。松若風馬騎乗で勝ったカシノインディード(父リアルインパクト、母ボラボラ、母の父ジャングルポケット)は15番人気。9戦目の初勝利だった。生産牧場のサカイファーム、馬主の柏木務さん、牧田和弥調教師、カシノインディードの厩務員や調教助手の人たちのうれしさはどんなだったろう。そうなのだ、私は現場のことを考えるのが好きなのだ。
競走馬を生産する牧場、その馬を所有する馬主、世話をする厩務員、教育する調教助手、全ての責任を持つ調教師、レースで騎乗する騎手。その現場を見るのが好きで私は、人生の殆ど、牧場やトレセンをうろうろしていたのだ。

現場が好きということを考えると、競馬には関係ないのだが、私の家から8軒ほど離れた家に住む本間謙伍さんの顔が浮かんだ。
本間さんは私より1歳上。去年、腰の手術をして4か月も入院し、退院後、短歌を作りはじめ、1か月ぶんの作品を月末に、両手に杖で歩きながら私の家の郵便受けに入れ、それを読んだ私が感想文を書いて本間家の郵便受けに入れるというおつきあいだ。
1960(昭和35)年に大洋漁業に入社した本間さんは、10年間のアメリカ支社勤務ののち、帰国してマルハ・グループ200社の中での、本社のマーケティング部長となった。秘書課勤務の最初からの50年にわたる仕事の具体を、57577の短歌にして綴るのを、87歳の日日の自分との約束にしたのである。
「令和5年5月の歌、九十六首」が届く。
〇四代目社長は中部藤次郎百年続いた○はを変える。(ブランドも変えるので博報堂が推薦の世界で著名な商標デザイナーのソール・バス氏に依頼)。3か月後に作品到着。
〇デザインを暫く凝視激怒してこんな馬鹿なと破いて捨てる。(デザイン料1億円がムダになった)
〇アメリカが1977(イチキュウナナナナ)宣言す二百海里の専管水域。という歌に続いて、〇次々とソ連をはじめ各国が二百海里の宣言追随、という作もあり、〇その結果従業員と船舶は四分の一と十分の一に、という歌に続いている。
大洋ホエールズから横浜ベイスターズへの球団名変更に関するものが25首ある。
〇ホエールズ球団名の変更を中部オーナー同時に進める
〇球団名公募で募集二万件絞りに絞りて十件残る
〇マーケ部の部下が探るは社長室社長が推すのはウィザードなりか
〇委員長最後の二件をどうするかウィザード対ベイスターズに
〇指名あり最後の意見オーナーはマーケ部長の本間の見解
〇オーナーに反対意見の提案は勇気もいるが首も覚悟で
〇ウィザード魔法使いはまやかしでイメージ暗く野球にそぐわず
〇苦笑いオーナー手をあげベイスターズ一件落着首もつながる
〇結果では社名を入れない球団名光輝くヨコハマベイスターズ
〇ヨコハマの市民の喜び愛着を見事に勝ちとるオーナー中部
〇その結果市民球団応援団観客増えて黒字化達成
こうした本間謙伍の短歌を私は「現場のうた」として読みこみ、現場好きとしては、うれしくなってくるのだ。
本間家にはムツゴロウ(畑正憲)さん直筆の絵画がある。「ピュリナ大洋ペットフード」の社長時代に本間さんは、会社のイメージ・キャラクターにムツゴロウさんを起用し、ムツゴロウの動物王国に毎月、犬猫のペットフードを無料で提供していたようなのだ。
「おれ、現場が好きなのだ。どんな馬にも生まれ育った牧場がある。競馬は馬券だけじゃないよ」とか若い人たちに言うと、うるせえジイさんと嫌われるから、そんなこと決して言わないけどね。

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