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第344便 ボロ拾い

2023.08.10

 昔は松竹大船撮影所だった土地に、ホールや画廊や集会室などが並ぶ鎌倉芸術館がある。酒場友だちの画家の個展とかグループ展とか、ピアノコンサートなどによく出かけるのだが、そこへ行くと私は、そこの近くのスーパーマーケットの中にあるフードセンターで、たこ焼きを食べるのが、どうしてか私の幸せな習慣なのだ。
 最近、気になっていることがある。注文をして、「できました。取りにきてください」というブザーの音をテーブルで待つのだが、なかなか鳴らない。たこ焼きを作る現場に目が向く。
 そうだよなあ、そこの窓口はたこ焼きとラーメンを受け付けるのだが、前は4人ぐらいが働いていたのに、今は2人だから、ブザーが遅いのも仕方ないか。
 人手不足なのだ。鎌倉駅の近くに私がよく行く、レストランと言うよりは食堂と言うのが似合っている店がある。以前はウェーターがいたが、今はマスターがひとりでキッチンに立ち、テーブル席へ注文料理を運ぶ。
 「おかたづけコーナー」があり、客が皿やフォークや箸やグラスを、そこへきちんと仕分けして帰らなければならない。
 レジでお勘定。「おかたづけいただきましたので、3パーセント、お引きした計算になります」とマスターの明るい声。うーん、人手不足なのだ。
 身体を使う仕事をしたくない、という人が増えている。それが問題、とよく聞く。建築業界でも運輸業界でも、どこの業界でも、それが問題。
 「身体を使う仕事」と思ってみると、話が逸れてしまうかもしれないが、私は自分の父親を思いだすのだ。
 父親を親父と書かせてもらおう。私の親父は小学校も卒業しないうちに、薬店の小僧になった。しかもどうやら、怠け者でアル中気味の親父の父親が、2年ぶんの賃金を前取りしてしまったらしい。
 そんなこんな、私が知りたくて質問するたび、「昔のことはどうでもいい」というのが親父の決まり文句だった。
 親父はあんまり喋らない男だったが、酒をのみながら、「マコト(私の名)は勉強が嫌いらしいな。    だったら、人一倍、身体を使え」とか、「はたらき者と怠け者がいるが、せっかく生まれてきたんだか ら、はたらき者になれ」とか言った。めったに口をきかない親父だから、その言葉は私に残った。
 どうにかこうにか生活してきた私は、身体を使う仕事が頼りで、誰からもはたらき者だと認められた。せっかく生まれてきたのだから、という親父の言葉が、私には人生の武器になった。
 うーん、そうか、ネット時代になって、身体を使う仕事の人手不足が深刻になっているのだな。


 2023年6月9日と10日、16日と17日、金曜日と土曜日、社台グループの共有馬主クラブ会員が参加の、日帰り牧場ツアーがあり、その4日間、むかえる側のスタッフとして私も参加した。そのクラブの会報誌に同行記を書くため、その牧場ツアーに私は、40年、参加している。
 午前7時50分、新千歳空港をバスで出発。午前中はノーザンファームの3場。40分の昼食。午後は追分ファーム、社台ファームの2場で300頭近い馬を見つめて、午後6時新千歳空港で解散。
 厩舎から引かれた馬が展示パドックへの出番を待機し、そこから少し離れた位置に、ボロ拾いの係が何人か、フォークと桶を手に立っている。
 ああ、人手不足。私は去年の夏に馬産地を歩きまわって、牧場での人手不足の現実を知っている。牧場で働く人と会話したい。ボロ拾いの係なら、話しかけても大丈夫かなと近づいた。
 ノーザンファーム白老イヤリングで、「ごめんなさい、お仕事中ですが、聞かせてください」と声をかけたのは、佐々木聖華さんだった。
 青森県十和田市出身。2004年生まれ、19歳。三本木農業高校を卒業して、この4月、ノーザンファーム入社。
 「聖華という名前、はなやか」
 「父がオリンピック好きで」
 「お父さん、青森で牧場の仕事?」
 「牧場が好きで浦河にいたことがあるみたいだけど、今は水道工事業」
 「どうして牧場に?」
 「高校時代に馬術部にいて、たまたま、元競走馬だったシベリアンホークという馬を担当したんです。わたしが怪我をしてちゃんと乗れなかったり世話できない時、シベリアンホークがとても私に気を使ってくれてるということが何度もあって、わたし、馬に感動して、馬の仕事をしようと決めました。馬がわたしのためにバランスをとってくれたりしたのが忘れられない。」
 話の流れで聖華さんが七人兄妹と知り、その兄妹の名前を私は知りたくなり、書いてもらった。
 「柊馬、皇駕、聖華、美花、駈真、風駕、萌流」
 とうま、おうが、せいか、びえん、かるま、ふうが、もゆる。と聖華さんは左手ですらすらと書き、「ご両親の名は?と私が聞いたので、「父信介、母千智」と書き足した。
 「この仕事の何が好き?」
 「まだ引かせてもらったり、洗ったりの仕事ですけど、そのひとつひとつも、しっかり考えながらしないと出来ない。なんだか真面目になっちゃうけど、その真剣さがわたしには面白いです」
 という聖華さんの言葉を私は真剣に受けとめた。
 ノーザンファーム空港で声をかけさせてもらったのは千葉翔太くん。苫小牧市勇払出身、2004年生まれ、19歳。追分高校卒業後、聖華さんと同じく今年4月入社。父光彦、母環(たまき)。姉悠(はるか)は結婚して苫小牧沼の端に、次姉咲希(さき)は結婚して大阪に。
 「父が競馬好きで、ボクも自然に」
 と言う翔太くんに、この仕事の面白さを訊いた。
 「牡と牝のちがいの発見とか。鞍付なんかも、ひとつひとつ発見があるというか、毎日が発見の連続ですね。それにいつか自分も、もっと馬のことが分かるようになりたいし、ぜったいに乗れるようになりたいし、そうなったら、その馬のドラマというかストーリーというか、感動もあるし。
今は毎日が発見のうれしさですかね」
 という翔太くんの言葉も私には発見である。
 身体を使いながら頭を使う。真剣と発見。そういうこと、もっと書きたいなあ。

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