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第366便 わたしの旅

2025.06.11

 5月3日、憲法記念日。世間は大型連休中。たくさんの人が旅に出ているよね。おれも旅に行こう。そう私は思い、笑いそうになった。私が行くのはウインズ横浜。そんなの旅とは言えないよとか言う人がいるだろう。でも、私にとっては旅なのだ。
 家を出る。バス停まで歩く。バス停の名は「火の見下」。この地へ私が引っ越してきた1976(昭和51)年ごろ、そのバス停のとなりに火の見櫓があって、高所の回廊を、双眼鏡を手に消防署員が歩き回っていた。今は空地。駐車場になっている。
 バスで鎌倉駅へ行き、横須賀線で横浜へ行き、根岸線に乗りかえて桜木町駅へ。そしてウインズ横浜へと歩く。88歳になったジイさんには旅なのだよ。
 野毛大通りを歩き、道の向こうの、昔はストリップ劇場だったあたりを眺め、そうだよ、ウインズ横浜を過ぎたところにも、もうひとつ、ストリップ劇場があったよなあと思いだし、おれ、昔、雑誌の仕事で、どっちも楽屋を訪ねて、ストリッパーのいろいろを書いたよなあと思いだした。
 ふたつとも、ストリップ劇場がなくなっている。今の世の中、全国的に見ても、ストリップ劇場って無くなっているのかなあ?これ、ちょっと調べてみたいなあと思いながら、SNSとかAIとか、いろいろと世の中が変わってきて、だんだんと人間が、というより男たちが、ストリップを見なくなってきたのかなと私は思った。
 昔、おれ、よくストリップ小屋へ行ったよなあ。女の裸を見るというよりも、おれ、裸になって生きてる女の凄さみたいなものに惹かれていたよなあと思いだし、ストリップ小屋へ行くのも、小さな旅だったよと私にはなつかしい。
 ウインズ横浜へ行く私に習慣がある。ウインズと道路をはさんだところに松葉寿しという店があり、その前に、燕尾服を着てステッキを手に、シルクハットをかぶって、「東京キッド」という曲を歌っているだろう美空ひばりの像があって、
 「こんにちは」
 と挨拶するのが私の習慣で、ウインズから帰る時も、
 「さようなら。またね」
 と声をかける。ま、声をかけるといっても心のなかで言うのだけれども。
 どうしてそこに美空ひばりが、と思う人もいるようだけれど、美空ひばりは横浜市磯子区の魚屋の娘だ。横浜が生んだ大スターなのだ。
 べつに私は美空ひばりのフアンでもないが、私と同じ1947(昭和12)年生まれ。それに私が10代のころに劇団文化座に所属していて、「ひばりの狸御殿」というラジオドラマで、お城の門番の役を私がしていて、いつも母親と一緒だったスター美空ひばりの思い出がなつかしいのだ。
 若い人はめったにいなくなって、おじさんとおじいちゃんばかりになったようなウインズに入る。最近は競馬場でも、新聞を持っている人は少なく、スマホを手に馬券を買う人が殆どになってきたが、おじさんとおじいちゃんのウインズでは、殆どの人が新聞を持っている。


 京都3R、3歳未勝利、芝1600、18頭立て。単勝オッズを気にすると、1番人気は1.8倍。最低人気馬は、551倍。
 「1.8倍と551倍が同じレースを走るのかい」と私は言いそうになる。もし自分が551倍の馬だったら、何をどう感じるだろうとか考え、おい、じいさんよ、と私は私に声をかけ、あんた変な人だなあ、馬券   をやりにきて、そんなこと考えるのおかしいよ、と自分に言ってる。
 そのレース、馬券を買わずに、1.8倍の馬と551倍の馬を気にしてテレビでレースを見る。
 勝ったのは終始2番手にいた9番人気の馬。1.8倍の馬は2着。551倍の馬は15着。
 「9番人気が勝つんだから、馬券というのはむずかしいよね」
 と小便しに行きながら思う。
 東京5R3歳1勝クラス、芝1400、9頭立て。
 近くにいるおじいちゃんが、となりにいるおじいちゃんに、
 「穴を買っても当たらないから、1番人気と2番人気で行ってみるわ。それがダメなら、おれが悪いんじゃなくて、騎手や馬のせいだよな」
 と言ったのが私に聞こえた。
 いいこと言うじゃん。おれも当たり馬券が欲しいから、それで行ってみようと、1番人気と2番人気の馬連だけを買ってテレビを見上げていたら、2番人気が1着、1番人気が2着で馬連が320円。おお、何もしないのにお金が3.2倍になるなんて凄いことだよなあと私は、東京6R4歳以上1勝クラス、6頭立てでも同じ買い方をしたら、また当たった。170円という配当だけれど、1点買いなので気分が良い。
 そんなふうに遊んでいるのが、私の旅なんでござんすよ、とウインズのあちこちをうろうろしながら、京都の10R御池特別8頭立てのテレビのパドックを見上げ、オッズを気にすると、1.9倍、2.5倍、4.2倍の3頭がいて、あとは36.1倍、37.5倍、48.1倍、78.8倍、86.5倍の5頭という、希望組と絶望組とのレースだなと思った。
 絶望組の36.1倍は角田大和騎乗のオバケノキンタ。よしっ、オバケノキンタよ、絶望組の代表として、3連複のひとつを食ってみろ。
 そう思って私は、1番人気ダミアン・レーン騎乗のグロリアラウス、2番人気坂井瑠星騎乗のジュンヴァンケット、そしてオバケノキンタの3連複を買ったのである。
 おい、オバケノキンタよ、おれもな、どっちかと言えば、人生、絶望組なんだ。どうにかこうにか自分流に踏んばって、ま、それで88歳まで生きてきたってわけ。
 希望組の1頭でいいから、オバケノキンタよ、なんとか食って3着になってくれ。
 そんなふうに願ってレースを見つめた。オバケノキンタ、終始、2番手につけ、直線も踏んばってしぶとく3着。おお、おお、やってくれた。おれの思いがオバケノキンタに伝わった。うれしくて私は少しふるえた。
 3連複の配当は1,220円。え?そんなに安いの?そうか1番人気と2番人気と4番人気だとそんなものか。でも、おれには配当以上の値打ちがあるオバケノキンタの3着。いい旅になったと、自動販売機へ歩いてジュースを買った。

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