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第110回 「孫」

2020.05.14
 新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため、中央競馬は2月29日から無観客で開催を続けてきた。さらに5月31日のダービーまで、この状態を継続することも発表された。無観客が始まって7週目の2020年4月12日、阪神競馬場で第80回桜花賞が行われた。

 栄冠をつかんだのはデアリングタクト(牝3歳、栗東・杉山晴紀厩舎)だった。最後の直線で1完歩ごとに先行するレシステンシアとの差を詰め、1馬身1/2抜け出したところがゴールだった。

 それは2頭の祖母の雪辱を果たす鮮やかな勝利だった。

 デアリングタクトは父エピファネイア、母デアリングバードという血統の持ち主だ。エピファネイアの母はシーザリオ。デアリングバードの母はデアリングハート。デアリングタクトの「おばあちゃん」であるシーザリオとデアリングハートの2頭はともに2002年生まれ。2005年の桜花賞を一緒に戦った同期だった。

 結果はシーザリオが2着、デアリングハートが3着だった。勝ったラインクラフトとの差はアタマ、クビというわずかなものだった。惜しくも桜花賞で涙をのんだ2頭が繁殖牝馬になり、力を合わせて送り出したのが孫に当たるデアリングタクトだったのだ。血統ファンならずとも、うなってしまう因縁だろう。

 不思議な巡り合わせはさらに続く。15年前、祖母2頭の前に立ちはだかったラインクラフトのゼッケンは17番だった。今回、デアリングタクトが最後の最後に捉えたレシステンシアのゼッケンも17番だったのである。しかもデアリングタクトが身にまとっていたゼッケンは祖母デアリングハートと同じ9番だった。こんなおとぎ話のようなドラマがあるだろうか。

 デアリングタクトは2019年11月16日に京都競馬場でデビュー勝ちを収めた。2歳時はこの1戦だけで休養し、年明けの2月8日にエルフィンステークス(京都、芝1600メートル)を勝って、桜花賞に臨んでいた。3戦目での桜花賞制覇は1948年のハマカゼ、1980年のハギノトップレディと並ぶ戦後最少キャリアだ。

 無敗の桜花賞馬はブランドソール(1941年)、ミスオンワード(1957年)、ブロケード(1981年)、アグネスフローラ(1990年)、シスタートウショウ(1991年)、ダンスインザムード(2004年)に次ぐ16年ぶり史上7頭目となり、現3歳馬が初年度産駒となる父エピファネイアにとっては、JRAの初重賞制覇がGⅠ勝利ということになった。

 さらにはセレクトセール出身馬として初めての桜花賞制覇になった。

 2017年に当歳セールに出場したデアリングタクトだったが、この時は買い手がつかず、主取りに終わった。翌2018年に1歳セールに再挑戦し、1,200万円(税抜)で㈲ノルマンディーファームが落札した。

 これでセレクトセール出身馬は5つのクラシックレースと旧8大競走の完全制覇を達成した。デアリングタクトの優勝は記録ずくめの優勝となった。

 改めてデアリングタクトの血統表を見てみる。

 母シーザリオはスペシャルウィークの娘で、スペシャルウィークの父はサンデーサイレンス(USA)だ。母方の祖母デアリングハートはサンデーサイレンスの娘だ。つまりサンデーサイレンスの4×3のインブリードを持つ。近年のJRAのGⅠ馬の血統を調べてみたが、サンデーサイレンスのインブリードを持つ馬は見当たらなかった。デアリングタクトは初めての例になった。

 サンデーサイレンスが来日して、種付けを開始したのは1991年。4年後の1995年には初めてリーディングサイアーに輝いた。2002年に死んだ後もトップの座を守り続けた。

 2007年からはリーディングブルードメアサイアーになり、2019年まで13年連続で首位の座に居続ける。こちらもリーディングサイアーの連続記録と並ぶ13年になった。これ以上ない影響を日本のサラブレッド生産界に残してきたサンデーサイレンスのひとつの結晶がデアリングタクトだという気がする。

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