烏森発牧場行き
第275便 ラユロット
2017.11.17
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夏の日のこと、ウインズ横浜からの帰り道、ひと息つきたくて、JR桜木町駅に通じる地下街のコーヒーショップに入ると、奥の方で笑顔になって手をあげる白髪の善三さんがいた。
テーブルをはさんで、「どうでした?」と善三さんが言い、「オケラカイドウ」と言って私は、いつものセリフのやりとりだなと思った。
「わたしは、今、けっこう機嫌がいいんですよ。ちっとも当たらなくて、帰ろうかなあと思って、でも最後に単勝の500円でも買おうかなって、函館の最終のメンバーを見ていたら、コパノチャンスに二重丸がポツンとひとつついていて、乗るのが丸山なんです。
丸山って丸山元気じゃないですか。バカみたいなことだけど、カネ出して元気でも買わなきゃ、元気がなくなっちゃうなって、コパノチャンスの単勝を500円買ったら、ほんと、嘘みたいに勝っちゃったんですよ。ずうっと2番手にいて、直線で叩き合いになって、ゲンキ、ゲンキって声が出ちゃいました」
と善三さんが財布から、その馬券を出して私に見せた。何か言うより、ここは善三さんに握手をするのが筋だと、私は右手をのばした。
「ところで、いくらついたの?」
「1,580円」
「リッパ」
「うれしかった」
今度は善三さんから握手をしてきた。
私は医師から、一日に5,000歩ぐらいは歩きなさいよと言われ、夕方に歩く。その散歩の途中にある木工所の職人が善三さんだ。5年前に善三さんの仕事の師匠の山田さんが亡くなった。
山田さんと私は酒場友だち、競馬友だちだった。山田さんがいなくなったあと、それまで競馬にそっぽを向いていた善三さんが、馬券を買ってみたいと言いだし、私がウインズ横浜へ連れて行った。毎週欠かさずにというほどではないが、ひとりでウインズに行き、この地下街のコーヒー店で休むのを楽しみにしているのだろう。
「この十月、わたし、七十歳になるんですよ。その記念に、まだ行ったことのない競馬場へ行ってみたいって思いだしたんです。甘えるみたいなんだけど、一緒に行ってくれませんか」
そう言って善三さんは神妙な顔になった。以前にも善三さんは、中山競馬場か東京競馬場でレースをナマで見たいと言ったことがあり、私が誘ったこともあったが、「なんだか不安で」と実現しなかった。善三さんが言う不安とは、六十歳のころに脳梗塞に襲われ、幸運にも手の動きと言語は戻ったが、左足に不自由が残り、競馬場の人ごみが心配だった。
「行こう。大丈夫だよ」
と私が言った。
善三さんの誕生日は10月3日という。競馬手帳で見ると、10月は7日からの3日間開催だ。毎日王冠の日に行こうと決めた。
10月8日、快晴。それだけでうれしかった。雨だと善三さんの足がつらい。
藤沢市に住む善三さんが東海道線で川崎に来る。南武線のホームで私と待ち合わせた。府中本町駅までの一時間、オークス馬ソウルスターリングが毎日王冠に挑戦する件についての善三さんの質問に私は答えた。
去年の毎日王冠でルージュバックが勝ったのは、シンコウラブリイ以来の、牝馬で23年ぶりの快挙。3歳牝馬が毎日王冠に挑戦するのは、もう20年近く昔のスティンガーが4着だった以来で、マカヒキ、ワンアンドオンリー、リアルスティール、サトノアラジンといったGI馬を相手に、と私が説明すると、
「1番人気でどんな配当になっても、わたしは生まれて初めての競馬場という記念に、ソウルスターリングの単勝1点でレースを見ます」
と善三さんは言った。
競馬場に着いて私たちは、4コーナーの方へ歩いてベンチを探した。女房が赤飯のおにぎりを持たせてくれたので、それを食べてほしいと善三さんが言うので、青空の下で食べたいと私は思ったのだ。
どうにかベンチの空席を見つけた。善三さんの布袋から、お茶の魔法瓶や赤飯のおにぎりが出てきたのだ。
「いやあ、奥さん、赤飯を炊いてくれたんだ」
私が言うと、
「夢が叶ったんだからお祝いだって。何十年ぶりかで、こいつと一緒になってよかったと思った」
善三さんが照れて笑った。
毎日王冠でルメール騎乗のソウルスターリングは、2.0倍の単勝人気だったが、直線半ばで鋭さを失い、馬群にのみこまれて、まさかの8着になってしまった。
単勝を2,000円買って、人の波の中でレースを追っていた善三さんは、
「こんなふうにスターが負けるのを見たのは、勝つのを見るよりも思い出になるかもしれない」
とひとりごとのように言い、負け惜しみも競馬のロマンのうちだ、と私は思った。
それまで満員でパドックがよく見えなかったので、客が減った第12Rの16頭が歩くパドックを、善三さんは張りきって見た。
「藤沢和雄厩舎の、ルメールのソウルスターリングが負けたのを、藤沢和雄厩舎の、ルメールのラユロットに取り返してもらおう」
と善三さんは、やはり1番人気になったラユロットの単勝を1,000円買い、1階スタンドにも空席が出来て腰をおろせた。
「ラユロットって何語ですか?」
善三さんに聞かれたが私も判らず、ケイタイで若い競馬仲間に聞くと、すぐに調べてくれた。
「フランス語でふくろう」
と私が言った。
ラユロットはスタートしてからずうっと馬群の半ばにいたが、直線では加速し、2着に3馬身の差をつけてゴール板を通過した。
単勝310円である。
「なんだか変な気分だなあ」
善三さんが笑い、
「ラユロットはふくろうだそうだけど、われわれが訳すと、うれしい一日」
と私が笑う。善三さんも私も青空を見ていた。
テーブルをはさんで、「どうでした?」と善三さんが言い、「オケラカイドウ」と言って私は、いつものセリフのやりとりだなと思った。
「わたしは、今、けっこう機嫌がいいんですよ。ちっとも当たらなくて、帰ろうかなあと思って、でも最後に単勝の500円でも買おうかなって、函館の最終のメンバーを見ていたら、コパノチャンスに二重丸がポツンとひとつついていて、乗るのが丸山なんです。
丸山って丸山元気じゃないですか。バカみたいなことだけど、カネ出して元気でも買わなきゃ、元気がなくなっちゃうなって、コパノチャンスの単勝を500円買ったら、ほんと、嘘みたいに勝っちゃったんですよ。ずうっと2番手にいて、直線で叩き合いになって、ゲンキ、ゲンキって声が出ちゃいました」
と善三さんが財布から、その馬券を出して私に見せた。何か言うより、ここは善三さんに握手をするのが筋だと、私は右手をのばした。
「ところで、いくらついたの?」
「1,580円」
「リッパ」
「うれしかった」
今度は善三さんから握手をしてきた。
私は医師から、一日に5,000歩ぐらいは歩きなさいよと言われ、夕方に歩く。その散歩の途中にある木工所の職人が善三さんだ。5年前に善三さんの仕事の師匠の山田さんが亡くなった。
山田さんと私は酒場友だち、競馬友だちだった。山田さんがいなくなったあと、それまで競馬にそっぽを向いていた善三さんが、馬券を買ってみたいと言いだし、私がウインズ横浜へ連れて行った。毎週欠かさずにというほどではないが、ひとりでウインズに行き、この地下街のコーヒー店で休むのを楽しみにしているのだろう。
「この十月、わたし、七十歳になるんですよ。その記念に、まだ行ったことのない競馬場へ行ってみたいって思いだしたんです。甘えるみたいなんだけど、一緒に行ってくれませんか」
そう言って善三さんは神妙な顔になった。以前にも善三さんは、中山競馬場か東京競馬場でレースをナマで見たいと言ったことがあり、私が誘ったこともあったが、「なんだか不安で」と実現しなかった。善三さんが言う不安とは、六十歳のころに脳梗塞に襲われ、幸運にも手の動きと言語は戻ったが、左足に不自由が残り、競馬場の人ごみが心配だった。
「行こう。大丈夫だよ」
と私が言った。
善三さんの誕生日は10月3日という。競馬手帳で見ると、10月は7日からの3日間開催だ。毎日王冠の日に行こうと決めた。
10月8日、快晴。それだけでうれしかった。雨だと善三さんの足がつらい。
藤沢市に住む善三さんが東海道線で川崎に来る。南武線のホームで私と待ち合わせた。府中本町駅までの一時間、オークス馬ソウルスターリングが毎日王冠に挑戦する件についての善三さんの質問に私は答えた。
去年の毎日王冠でルージュバックが勝ったのは、シンコウラブリイ以来の、牝馬で23年ぶりの快挙。3歳牝馬が毎日王冠に挑戦するのは、もう20年近く昔のスティンガーが4着だった以来で、マカヒキ、ワンアンドオンリー、リアルスティール、サトノアラジンといったGI馬を相手に、と私が説明すると、
「1番人気でどんな配当になっても、わたしは生まれて初めての競馬場という記念に、ソウルスターリングの単勝1点でレースを見ます」
と善三さんは言った。
競馬場に着いて私たちは、4コーナーの方へ歩いてベンチを探した。女房が赤飯のおにぎりを持たせてくれたので、それを食べてほしいと善三さんが言うので、青空の下で食べたいと私は思ったのだ。
どうにかベンチの空席を見つけた。善三さんの布袋から、お茶の魔法瓶や赤飯のおにぎりが出てきたのだ。
「いやあ、奥さん、赤飯を炊いてくれたんだ」
私が言うと、
「夢が叶ったんだからお祝いだって。何十年ぶりかで、こいつと一緒になってよかったと思った」
善三さんが照れて笑った。
毎日王冠でルメール騎乗のソウルスターリングは、2.0倍の単勝人気だったが、直線半ばで鋭さを失い、馬群にのみこまれて、まさかの8着になってしまった。
単勝を2,000円買って、人の波の中でレースを追っていた善三さんは、
「こんなふうにスターが負けるのを見たのは、勝つのを見るよりも思い出になるかもしれない」
とひとりごとのように言い、負け惜しみも競馬のロマンのうちだ、と私は思った。
それまで満員でパドックがよく見えなかったので、客が減った第12Rの16頭が歩くパドックを、善三さんは張りきって見た。
「藤沢和雄厩舎の、ルメールのソウルスターリングが負けたのを、藤沢和雄厩舎の、ルメールのラユロットに取り返してもらおう」
と善三さんは、やはり1番人気になったラユロットの単勝を1,000円買い、1階スタンドにも空席が出来て腰をおろせた。
「ラユロットって何語ですか?」
善三さんに聞かれたが私も判らず、ケイタイで若い競馬仲間に聞くと、すぐに調べてくれた。
「フランス語でふくろう」
と私が言った。
ラユロットはスタートしてからずうっと馬群の半ばにいたが、直線では加速し、2着に3馬身の差をつけてゴール板を通過した。
単勝310円である。
「なんだか変な気分だなあ」
善三さんが笑い、
「ラユロットはふくろうだそうだけど、われわれが訳すと、うれしい一日」
と私が笑う。善三さんも私も青空を見ていた。