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プロフィール
吉川良作家

1937年東京都生まれ。
芝高等学校卒、駒澤大学仏教学部中退。
薬品会社の営業、バーテンダーなど数々の職業を経験。
1978年すばる文学賞受賞。
1999年社台ファームの総帥、吉田善哉氏を描いた「血と知と地」(ミデアム出版社)で、JRA馬事文化賞、ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。
JBBA NEWS掲載の「烏森発牧場行き」第1便~第100便は「サラブレッドへの手紙(上・下巻)として2003年源草社から出版されている。
著者のエッセーには必ず読む人の心をオヤッと引きつける人物が毎回登場する。
「いつも音無しの構えでみなの話に耳をかたむけ・・・」という信条で、登場人物の馬とのかかわり、想いを引き出す語り口は、ずっと余韻にひたることができるエッセーとなっている。
馬・競馬について語る時は、舌鋒鋭く辛口の意見も飛び出すが、その瞳はくすぐったいような微笑みを湛えている傑人である。

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  • 第231便 ケイタイ電話で 2014.03.12

     1月30日の夕方、新宿駅から乗った京王線に座って、 「たしかおれ、初めて府中の競馬場へ行ったのは高校2年のときで、昭和28年の、ボストニアンという馬がダービーを勝った日だよな。 薬品問屋だったおれの家に住み込みで働いてた勇さんという人にくっついて行ったんだ。 ダービーを見たのを学校の作文に書いたら、先生に呼び出されて、職員室の横の個室で、いまから競馬なんか見てたら、ろくな人生にならないって怒られたの、忘れられない思...

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     秋田県横手市の建設会社で働いている30歳の宗久くんが私の家に泊まったのは11月22日である。川崎市の運送会社で働いている高校時代からの親友が、11月24日に横浜のホテルで結婚式をあげるので来たのだ。宗久くんは独身である。1日早く来たのは、23日に東京競馬場へ行きたいからだ。 宗久くんは私の競馬の先生の孫である。昭和20年代後半、宗久くんの祖父の友三さんは私の実家(薬品問屋)に住込みで働いていて、休日に浅草の映画館へ行くと言っ...

  • 第228便 職人 2013.12.17

     私は東京の千代田区神田紺屋町で生まれ育った。家がJR神田駅に近く、2階の窓をあけると、プラットホームに流れる駅員のアナウンスが聞こえてきた。  昭和20年代が私のガキのころである。町名の紺屋は、布を紺色に染める業のことだ。いくつもの家に物干し台があり、洗いたての白い布が細長い滝のように並び、風でひらひらと動いていた。 町内に下駄屋も箒屋も漆器屋もあった。店先に立って私は、その店の主人や使用人たちの作業を見ているのが...

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     明け方に目をさまし、なにも夢でハズレ馬券をくやしがることもないじゃないかと思った。  9月22日の神戸新聞杯のことである。1着エピファネイア、2着マジェスティハーツ、3着サトノノブレスだった。私が500円持っていた3連単の2着と3着が逆。レースが終わってすぐはくやしさがこみあげてきた。 でも、ハズレ馬券には馴れていて、くやしさを引きずるなんてめったにない。それにレースから数日が過ぎている。それなのに夢にまで出てきたの...

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     米タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれ、「第2のスティーブ・ジョブズ」とも呼ばれているIT業界の寵児、36歳のアメリカ人、ジャック・ドーシーさんについての活字を読む。 『29歳だった7年前に仲間とサービスを始めたツイッターは、2億人が使うアイテムに育った。米大統領をはじめとする多くの政治家が自分の意見を直に発信し、世界の民主化運動を下支えする役割も果たしている』 と書いてある。 140文字以内でつぶやきを...

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