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プロフィール
吉川良作家

1937年東京都生まれ。
芝高等学校卒、駒澤大学仏教学部中退。
薬品会社の営業、バーテンダーなど数々の職業を経験。
1978年すばる文学賞受賞。
1999年社台ファームの総帥、吉田善哉氏を描いた「血と知と地」(ミデアム出版社)で、JRA馬事文化賞、ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。
JBBA NEWS掲載の「烏森発牧場行き」第1便~第100便は「サラブレッドへの手紙(上・下巻)として2003年源草社から出版されている。
著者のエッセーには必ず読む人の心をオヤッと引きつける人物が毎回登場する。
「いつも音無しの構えでみなの話に耳をかたむけ・・・」という信条で、登場人物の馬とのかかわり、想いを引き出す語り口は、ずっと余韻にひたることができるエッセーとなっている。
馬・競馬について語る時は、舌鋒鋭く辛口の意見も飛び出すが、その瞳はくすぐったいような微笑みを湛えている傑人である。

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     寒い朝、家から徒歩で20分ほどの病院へ、9時に予約の健康診断へ歩いている途中、通りかかりの小さな公園に目が行った。砂場で2歳ぐらいの男の子が遊び、砂場のへりに腰をおろした母親だろう若い女がぼんやりしている。 その近くで、毛糸の帽子をかぶった老人がスローモーションのように身体を動かし、その周囲をまわるように老婆が、小さなベビーカーのようなものにつかまって、ゆっくりゆっくりと歩く。 私は少し立ち止まって、その小さな公...

  • 第278便 手帳、昔のひと 2018.02.09

     戸崎騎乗のアーモンドアイが第52回シンザン記念を勝った日の夜、 「大野です。大野きよの息子です」 と電話がかかってきた。 大野きよが息を引きとっていたのだった。八十八歳だった。 その晩、私はひとりで「大野きよ」の通夜をすることにした。私が大野きよの家へ遊びに行ったとき、きよさんが私にしてくれたように、コップに半分、一升瓶から酒を注いだ。 そうか、写真を置こうか。アルバムのある二階へ行き、探すのに手間どったが、千葉...

  • 第277便 おれのことは 2018.01.04

     秋田県横手市出身のゲンちゃんとは、2001年ごろ、鎌倉市大船のスナックバーで知りあった。私は昔に薬品問屋勤務のとき、秋田県を担当して出張していた数年があり、ゲンちゃんが卒業した中学校や高校の光景も記憶していたので、話に花が咲いたのである。ゲンちゃんは24歳、私は64歳だった。 ゲンちゃんは高校を卒業して横浜に本社のある建設会社に就職をし、大船営業所に配属されていたのだ。幸か不幸か、私と知りあったのが縁で、2001年11月25日...

  • 第276便 雨の南武線で 2017.12.18

     10月29日、朝、目をさますと6時半。ベッドで横になったままカーテンをあけると、雨。止みそうもない雨。夜には台風22号が関東上陸の予報。 「天皇賞なんだよ。かんべんしてくれよ。 おい、先週の菊花賞も大雨じゃないか。いったい、誰のせいでこんなことになるんだ」 がっかりして眺めている窓ごしのネズミ色の空に、雨に打たれて耐えている東京競馬場のケヤキの木が映った。 10時すぎ、武蔵小杉駅で立川行きの南武線に乗る。川崎から乗って...

  • 第275便 ラユロット 2017.11.17

     夏の日のこと、ウインズ横浜からの帰り道、ひと息つきたくて、JR桜木町駅に通じる地下街のコーヒーショップに入ると、奥の方で笑顔になって手をあげる白髪の善三さんがいた。 テーブルをはさんで、「どうでした?」と善三さんが言い、「オケラカイドウ」と言って私は、いつものセリフのやりとりだなと思った。 「わたしは、今、けっこう機嫌がいいんですよ。ちっとも当たらなくて、帰ろうかなあと思って、でも最後に単勝の500円でも買おうかな...

  • 第274便 サビシーナ 2017.10.18

     この数年、どうしてかしっかりと花を咲かせなかった庭のサルスベリが、今年はしっかりと咲いてうれしい。 「うれしいなあ」 サルスベリの花に声をかけた夏の朝、「芸術に生き55年充実の音色」という見出しの新聞記事を読んだ。バイオリニストの前橋汀子さんが、演奏活動55周年の記念リサイタルを全国で開いている。 「楽器を通して呼吸し、自分の中にある音楽を音にする。そういうことが若い頃より、自然にできるようになってきた気がする」 ...

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     「オダです。お久しぶりです。ほんとうにお久しぶりです」 と2017年7月29日の夜、電話がかかってきた。オダさんとはずいぶん会っていないが、年賀状のやりとりは続いていた。 「相変わらず、競馬が唯一の道楽です。それで相変わらず、週末は銀座へ通ってます。能のない人ねえ、ほかに何か見つけないのって、かみさんにバカにされているのも相変わらずです」 そう言って笑い声を聞かせたオダさんは、江東区門前仲町に住んでいる。 「今日も銀...

  • 第272便 絵を描く 2017.08.22

     私は競馬場へ行くのと同じくらい、美術館へ行くのが好きだ。絵を見ている時間が、私の幸せなのだろう。 ガキのころから私は、どうして自分が絵を上手に描く人間に生まれてこなかったのかと嘆いた。誰かに嘆くわけではなく、自分に向けて嘆くのだが、その嘆きは年老いた今も消えていない。 生まれ変わったら、なんとしても絵を上手に描く人間に生まれたい。そんなふうに思い続けているものだから、上野へ絵を見に行ったとき、東京芸術大学の前ま...

  • 第271便 ナイスネイチャ 2017.07.14

     1984(昭59)年チューリップ賞を勝ち、桜花賞にも出走(21頭立て19着)したウラカワミユキが、2017年6月2日午前0時8分に繋養先の北海道浦河町の渡辺牧場で死んだと新聞記事で知った。 6月2日がウラカワミユキの満36歳の誕生日で、サラブレッド牝馬の国内最長寿だったようだ。前日の朝に疝痛をおこし、治療したが回復の見込みがなくて安楽死となったという。 ウラカワミユキはナイスネイチャの母、と私のような競馬老人なら、すぐに思う。1...

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