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プロフィール
吉川良作家

1937年東京都生まれ。
芝高等学校卒、駒澤大学仏教学部中退。
薬品会社の営業、バーテンダーなど数々の職業を経験。
1978年すばる文学賞受賞。
1999年社台ファームの総帥、吉田善哉氏を描いた「血と知と地」(ミデアム出版社)で、JRA馬事文化賞、ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。
JBBA NEWS掲載の「烏森発牧場行き」第1便~第100便は「サラブレッドへの手紙(上・下巻)として2003年源草社から出版されている。
著者のエッセーには必ず読む人の心をオヤッと引きつける人物が毎回登場する。
「いつも音無しの構えでみなの話に耳をかたむけ・・・」という信条で、登場人物の馬とのかかわり、想いを引き出す語り口は、ずっと余韻にひたることができるエッセーとなっている。
馬・競馬について語る時は、舌鋒鋭く辛口の意見も飛び出すが、その瞳はくすぐったいような微笑みを湛えている傑人である。

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     この数年、どうしてかしっかりと花を咲かせなかった庭のサルスベリが、今年はしっかりと咲いてうれしい。 「うれしいなあ」 サルスベリの花に声をかけた夏の朝、「芸術に生き55年充実の音色」という見出しの新聞記事を読んだ。バイオリニストの前橋汀子さんが、演奏活動55周年の記念リサイタルを全国で開いている。 「楽器を通して呼吸し、自分の中にある音楽を音にする。そういうことが若い頃より、自然にできるようになってきた気がする」 ...

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     私は競馬場へ行くのと同じくらい、美術館へ行くのが好きだ。絵を見ている時間が、私の幸せなのだろう。 ガキのころから私は、どうして自分が絵を上手に描く人間に生まれてこなかったのかと嘆いた。誰かに嘆くわけではなく、自分に向けて嘆くのだが、その嘆きは年老いた今も消えていない。 生まれ変わったら、なんとしても絵を上手に描く人間に生まれたい。そんなふうに思い続けているものだから、上野へ絵を見に行ったとき、東京芸術大学の前ま...

  • 第271便 ナイスネイチャ 2017.07.14

     1984(昭59)年チューリップ賞を勝ち、桜花賞にも出走(21頭立て19着)したウラカワミユキが、2017年6月2日午前0時8分に繋養先の北海道浦河町の渡辺牧場で死んだと新聞記事で知った。 6月2日がウラカワミユキの満36歳の誕生日で、サラブレッド牝馬の国内最長寿だったようだ。前日の朝に疝痛をおこし、治療したが回復の見込みがなくて安楽死となったという。 ウラカワミユキはナイスネイチャの母、と私のような競馬老人なら、すぐに思う。1...

  • 第270便 平塚ろうば会 2017.06.12

     2009(平成21)年6月下旬から9月初旬まで、北海道新冠郡のビッグレッドファーム明和で暮らした。ビッグレッドファームを営む岡田繁幸さんの好意で私が住んだ住宅は、廃校になった明和小学校の跡地に残る教員用住宅である。 朝起きると、歩いて500歩ほど、種牡馬厩舎へマイネルラヴやタイムパラドックスやステイゴールドに挨拶をしに行く。 晴れた日、種牡馬たちは放牧地にいる昼すぎ、種牡馬厩舎に近い池のほとりのベンチに男が3人いて、「こ...

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