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プロフィール
吉川良作家

1937年東京都生まれ。
芝高等学校卒、駒澤大学仏教学部中退。
薬品会社の営業、バーテンダーなど数々の職業を経験。
1978年すばる文学賞受賞。
1999年社台ファームの総帥、吉田善哉氏を描いた「血と知と地」(ミデアム出版社)で、JRA馬事文化賞、ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。
JBBA NEWS掲載の「烏森発牧場行き」第1便~第100便は「サラブレッドへの手紙(上・下巻)として2003年源草社から出版されている。
著者のエッセーには必ず読む人の心をオヤッと引きつける人物が毎回登場する。
「いつも音無しの構えでみなの話に耳をかたむけ・・・」という信条で、登場人物の馬とのかかわり、想いを引き出す語り口は、ずっと余韻にひたることができるエッセーとなっている。
馬・競馬について語る時は、舌鋒鋭く辛口の意見も飛び出すが、その瞳はくすぐったいような微笑みを湛えている傑人である。

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     昭次は18歳のときに高知県四万十市から神奈川県小田原市に来て大工の親方の家に住みこみ、大工の腕をつけてから藤沢市、鎌倉市へと移り住んだ。鎌倉にいた10年ほどのあいだ、私とは酒場友だち、競馬友だちだった。 50歳の昭次をふたつの死が襲った。半年のあいだに妻の幸江と、高知にいた兄を病魔に奪われたのだ。横浜の病院で看護師をしていたひとり娘が結婚をした翌年のことである。 「どうしたらいいのだろう」 ひとり暮らしになった昭次が...

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     私の家からバスと電車で一時間かかる海辺の町の病院へ出かけた。 「会いたいなあって言ってます」 おととい、森井氏の娘さんから電話をもらったのだ。森井氏は病気に追いこまれている。 森井氏は銀行に四十年間勤務。転勤が多く、退職してようやく私と同じ住宅地に落ち着いた。不運にも落ち着いて間もなく奥さんをガンで奪われ、その後に私と町会の集まりで知りあい、私の誘いで競馬を知り、競馬場へも行くようになった。 ひとり暮らしが八年...

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     正月2日、年賀ハガキといっしょに届いた封筒の差出人が、岩手県紫波郡の野深卯助となっていた。 ノブカウスケ?と読んで私は、ノブカは北海道浦河郡浦河町野深のノブカ、ウスケはそこにあった萩伏牧場の創業者である斉藤卯助のウスケだろうと思った。 『盛岡に住む友人の家に、吉川良の競馬夢景色という本があって、作者の略歴のあとに住所が書いてあり、手紙を書こうと考えました』 という書き出しの手紙の主は、1983年3月に牧場めぐりの旅...

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     「三河湾の蒲郡にて出航の準備を始めて一週間が経ちました。四日前、作業中に不注意から額をザックリと切って、二十針も縫いました。久しぶりに自分の体からほとばしる鮮血を見ました。止めどなく出る血に見とれてしまいました。長い陸ボケの代償なのだと思いました。海へ出る前の戒めだと感じました。 最近、洞窟オジさん、という本を読みました。中学一年生で家出をして、足尾銅山の洞窟で暮らし始め、何十年と動物や虫や草を食べて生き抜いた...

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