第5コーナー ~競馬余話~
第163回 「神母」
まったく同じ血統背景を持つ同期のいとこ2頭が秋の初戦で明暗を分けた。そのいとことは、レガレイラ(牝3歳、美浦・木村哲也厩舎)とアーバンシック(牡3歳、美浦・武井亮厩舎)だ。
9月15日に中京競馬場で行われたローズSに出走したレガレイラはオッズ1.7倍の単勝1番人気に支持されたが、追い込み届かず5着に終わり、期待に応えることができなかった。アーバンシックは9月16日に中山競馬場で行われたセントライト記念に臨み、ライバルのコスモキュランダを捉え、重賞初優勝を飾った。秋のスタートに成功したアーバンシックと失敗したレガレイラ。今後の進路にも影響がありそうな結果になった。
レガレイラは父スワーヴリチャード、母ロカという血統だ。母のロカは2012年に父ハービンジャー(GB)、母ランズエッジとの間に誕生した。一方のアーバンシックは父スワーヴリチャード、母エッジースタイルとの間に生まれた。母エッジースタイルは父ハービンジャー(GB)、母ランズエッジという血統の13年生まれだ。ロカとエッジースタイルは、ハービンジャー(GB)とランズエッジという同じ父母から生まれた1歳違いの全姉妹である。ロカとエッジースタイルを母に持つレガレイラとアーバンシックは、いとこ同士ということになる。その上、父親はともにスワーヴリチャード。血統表を見比べると、父方の祖父と祖母、母方の祖父と祖母にまったく同じ馬名が並ぶということになる。性別の異なる2頭がともに春のクラシック戦線で顔を合わせることになった。
レガレイラは23年7月に函館競馬場でデビュー勝ちを収めた。10月のアイビーSは3着に終わったが、1勝馬の身で臨んだ12月のホープフルSでは中山競馬場の芝2000㍍をレースレコードの2分0秒2で駆け抜け、シンエンペラー(FR)以下を下してGⅠ初制覇を果たした。3歳初戦は桜花賞でもオークスでもなく、皐月賞を選択した。
レガレイラの約1か月後に札幌競馬場でデビューしたのがアーバンシックだった。1番人気に応えて優勝すると、11月の百日草特別(東京競馬場)でもクビ差の接戦を制した。2歳時はこの2戦で終え、3歳初戦として1月の京成杯(中山競馬場)に向かった。メンバー最速の末脚で追い込んだが、ダノンデサイルをかわすことはできず2着。デビュー3戦目にして初めての敗戦を喫した。4戦目が皐月賞となり、いとこのレガレイラと初めて対戦することになった。
21世紀に入って、牝馬が皐月賞に出走するのは14年のバウンスシャッセ(11着)、17年のファンディーナ(7着)に次いで3頭目だった。皐月賞を勝った牝馬は過去に2頭いて、1947年のトキツカゼと48年のヒデヒカリである。レガレイラが勝てば76年ぶりという快挙になるはずだった。
レガレイラとアーバンシックの父スワーヴリチャードはこの世代が初年度産駒だ。2頭の活躍もあって、23年の2歳リーディングサイアー部門では最後まで首位争いを繰り広げ、キズナ、エピファネイアに続く3位となった。もちろん新種牡馬ではトップの成績だった。
4月14日に中山競馬場の芝2000㍍で行われた第84回皐月賞は先行勢が上位を占めた上、レコード決着という展開になった。後方から追い込んだアーバンシックとレガレイラにはつらい流れだった。レガレイラはメンバー最速の末脚で追い込んだが6着。アーバンシックも34秒1という上がり時計で伸びたものの4着にとどまった。
2頭はともに日本ダービーへと駒を進めた。レガレイラはウオッカ以来17年ぶり史上4頭目の牝馬優勝を目指し、アーバンシックは横山武史騎手がダービー初優勝を狙った。しかし2番人気のレガレイラは5着、4番人気のアーバンシックは11着に終わった。果敢なチャレンジだったが頂点には届かなかった。そして秋の巻き返しをかけたのがローズSとセントライト記念だった。
アーバンシックとレガレイラには、もう1頭同い年のいとこがいる。ステレンボッシュ(牝3歳、美浦・国枝栄厩舎)だ。24年の桜花賞馬でオークスは2着だった。
ステレンボッシュは父エピファネイア、母ブルークランズという血統である。ブルークランズの母はランズエッジだ。ランズエッジは12年にロカ(レガレイラの母)、13年にエッジースタイル(アーバンシックの母)、14年にブルークランズ(ステレンボッシュの母)を産んだ。ランズエッジの子出しの良さ、加えて、孫が次々に重賞勝ち馬になるという勢い。その底力は驚くべきものだ。
だがランズエッジの母の名前を聞けば、この現象にも驚くことはないかもしれない。ランズエッジの母はウインドインハーヘア(IRE)である。あのディープインパクト、ブラックタイド兄弟の母馬である。ウインドインハーヘア(IRE)が06年に産んだのがランズエッジである。ウインドインハーヘア(IRE)の遺伝子はディープインパクト産駒のキズナやコントレイル、ブラックタイド産駒のキタサンブラック、さらにはイクイノックスを通じて、今後も広がっていくはずだ。偉大なる母というしかない。