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プロフィール
吉川良作家

1937年東京都生まれ。
芝高等学校卒、駒澤大学仏教学部中退。
薬品会社の営業、バーテンダーなど数々の職業を経験。
1978年すばる文学賞受賞。
1999年社台ファームの総帥、吉田善哉氏を描いた「血と知と地」(ミデアム出版社)で、JRA馬事文化賞、ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。
JBBA NEWS掲載の「烏森発牧場行き」第1便~第100便は「サラブレッドへの手紙(上・下巻)として2003年源草社から出版されている。
著者のエッセーには必ず読む人の心をオヤッと引きつける人物が毎回登場する。
「いつも音無しの構えでみなの話に耳をかたむけ・・・」という信条で、登場人物の馬とのかかわり、想いを引き出す語り口は、ずっと余韻にひたることができるエッセーとなっている。
馬・競馬について語る時は、舌鋒鋭く辛口の意見も飛び出すが、その瞳はくすぐったいような微笑みを湛えている傑人である。

最新記事一覧

  • 第282便 フツウノアルバム 2018.06.11

     明日は次兄の三年忌だという夜、ちびちびと酒をのみながら、もうずいぶん、アルバムというのを見ていないなあと思い、納戸の奥に積まれたままのアルバムの山から、気ままに5冊ほど抱えて酒に戻った。 5冊のなかに1967(昭和42)年のものがあり、モノクロ写真の一枚に、「おお!」と声が出そうになった。競馬場のスタンドを背景に、父、長兄、次兄、私が並んでいて、 「昭和42年11月3日。森安重勝のメジロサンマンが目黒記念を勝った日。府中...

  • 第281便 マグニさん 2018.05.13

     友だちと酒をのみながら、にぎやかにさくらの花を見あげるのも人生の幸せだが、ひとりで静かにさくらの花の下にいるのも幸せである。 私が暮らす住宅地に小さな公園があり、5本のさくらが花を咲かすと、まさしくさくらの園になって明るい。よく晴れた日の午前、郵便ポストへ行った帰りに、誰もいない公園の藤棚の下のベンチに腰かけ、さくらの園をひとり占めした。 うーん、今年もさくらを見た、とじいさんは思い、今年のさくらはどちらも咲く...

  • 第280便 諏訪湖とユッコ 2018.04.12

     2017年の師走のこと、仕事部屋で本の探しものをしながら、ふと目にとまった一冊を手にした。仕事先の京都から帰ったばかりで、この本、たしか、若いときに京都で暮らしていたときからあったよなぁと思ったのだ。 ヘルマン・ヘッセ著作集、詩集・孤独者の音楽、高橋健二訳である。ひらくと、ぽち袋がはさんであって、おどろき。小さな端正な字で、 「ま、一生懸命に働いていると、思いがけずにうれしいことが生まれ、不思議な幸せの日になるの。...

  • 第279便 恋の12着 2018.03.12

     寒い朝、家から徒歩で20分ほどの病院へ、9時に予約の健康診断へ歩いている途中、通りかかりの小さな公園に目が行った。砂場で2歳ぐらいの男の子が遊び、砂場のへりに腰をおろした母親だろう若い女がぼんやりしている。 その近くで、毛糸の帽子をかぶった老人がスローモーションのように身体を動かし、その周囲をまわるように老婆が、小さなベビーカーのようなものにつかまって、ゆっくりゆっくりと歩く。 私は少し立ち止まって、その小さな公...

  • 第278便 手帳、昔のひと 2018.02.09

     戸崎騎乗のアーモンドアイが第52回シンザン記念を勝った日の夜、 「大野です。大野きよの息子です」 と電話がかかってきた。 大野きよが息を引きとっていたのだった。八十八歳だった。 その晩、私はひとりで「大野きよ」の通夜をすることにした。私が大野きよの家へ遊びに行ったとき、きよさんが私にしてくれたように、コップに半分、一升瓶から酒を注いだ。 そうか、写真を置こうか。アルバムのある二階へ行き、探すのに手間どったが、千葉...

  • 第277便 おれのことは 2018.01.04

     秋田県横手市出身のゲンちゃんとは、2001年ごろ、鎌倉市大船のスナックバーで知りあった。私は昔に薬品問屋勤務のとき、秋田県を担当して出張していた数年があり、ゲンちゃんが卒業した中学校や高校の光景も記憶していたので、話に花が咲いたのである。ゲンちゃんは24歳、私は64歳だった。 ゲンちゃんは高校を卒業して横浜に本社のある建設会社に就職をし、大船営業所に配属されていたのだ。幸か不幸か、私と知りあったのが縁で、2001年11月25日...

  • 第276便 雨の南武線で 2017.12.18

     10月29日、朝、目をさますと6時半。ベッドで横になったままカーテンをあけると、雨。止みそうもない雨。夜には台風22号が関東上陸の予報。 「天皇賞なんだよ。かんべんしてくれよ。 おい、先週の菊花賞も大雨じゃないか。いったい、誰のせいでこんなことになるんだ」 がっかりして眺めている窓ごしのネズミ色の空に、雨に打たれて耐えている東京競馬場のケヤキの木が映った。 10時すぎ、武蔵小杉駅で立川行きの南武線に乗る。川崎から乗って...

  • 第275便 ラユロット 2017.11.17

     夏の日のこと、ウインズ横浜からの帰り道、ひと息つきたくて、JR桜木町駅に通じる地下街のコーヒーショップに入ると、奥の方で笑顔になって手をあげる白髪の善三さんがいた。 テーブルをはさんで、「どうでした?」と善三さんが言い、「オケラカイドウ」と言って私は、いつものセリフのやりとりだなと思った。 「わたしは、今、けっこう機嫌がいいんですよ。ちっとも当たらなくて、帰ろうかなあと思って、でも最後に単勝の500円でも買おうかな...

  • 第274便 サビシーナ 2017.10.18

     この数年、どうしてかしっかりと花を咲かせなかった庭のサルスベリが、今年はしっかりと咲いてうれしい。 「うれしいなあ」 サルスベリの花に声をかけた夏の朝、「芸術に生き55年充実の音色」という見出しの新聞記事を読んだ。バイオリニストの前橋汀子さんが、演奏活動55周年の記念リサイタルを全国で開いている。 「楽器を通して呼吸し、自分の中にある音楽を音にする。そういうことが若い頃より、自然にできるようになってきた気がする」 ...

  • 第273便 風の子になった菜七子 2017.09.13

     「オダです。お久しぶりです。ほんとうにお久しぶりです」 と2017年7月29日の夜、電話がかかってきた。オダさんとはずいぶん会っていないが、年賀状のやりとりは続いていた。 「相変わらず、競馬が唯一の道楽です。それで相変わらず、週末は銀座へ通ってます。能のない人ねえ、ほかに何か見つけないのって、かみさんにバカにされているのも相変わらずです」 そう言って笑い声を聞かせたオダさんは、江東区門前仲町に住んでいる。 「今日も銀...

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