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プロフィール
吉川良作家

1937年東京都生まれ。
芝高等学校卒、駒澤大学仏教学部中退。
薬品会社の営業、バーテンダーなど数々の職業を経験。
1978年すばる文学賞受賞。
1999年社台ファームの総帥、吉田善哉氏を描いた「血と知と地」(ミデアム出版社)で、JRA馬事文化賞、ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。
JBBA NEWS掲載の「烏森発牧場行き」第1便~第100便は「サラブレッドへの手紙(上・下巻)として2003年源草社から出版されている。
著者のエッセーには必ず読む人の心をオヤッと引きつける人物が毎回登場する。
「いつも音無しの構えでみなの話に耳をかたむけ・・・」という信条で、登場人物の馬とのかかわり、想いを引き出す語り口は、ずっと余韻にひたることができるエッセーとなっている。
馬・競馬について語る時は、舌鋒鋭く辛口の意見も飛び出すが、その瞳はくすぐったいような微笑みを湛えている傑人である。

最新記事一覧

  • 第300便 吟行「競馬場」 2019.12.10

     私が句会「凡の会」に参加したのは70歳のときである。冬に、家の近くの大野さんの家で昼間から酒をのんでいたら、障子に蝿のような黒い小さな生きものがちょろちょろと動いて消えた。 その部屋に大野さんが作った俳句を筆書きした短冊がいくつか立っている。 「ぼくにも一句、浮かんできました」 そう私が言うと、大野さんがボールペンとメモ用紙を私の前に置いた。 「真昼より酔うてそうろう冬の蝿」 そう私が書いたのをきっかけに、大野さ...

  • 第299便 元気で 2019.11.13

    夜、テレビのニュース番組を見ていると、たくさんの人が山道をのぼり、山頂の慰霊碑の前で目を閉じ、手を合わせた。 死者と行方不明者を63人も出した、長野と岐阜の県境にある標高3,067メートルの、御嶽山の噴火災害から5年。2019年9月27日、死者を悼む登山者を伝えるニュースである。 噴火で夫を失った58歳の女性が画面にいて、向けられたマイクに、 「先ず、ありがとう、と言いました。わたしたち家族は、あなたがいて、何ひとつ心配しない...

  • 第298便 タイセイさん 2019.10.10

     異常に暑い日が続く2019年の夏、 「昔の教え子が遊びにきてくれまして、上等なブランデーを土産に持ってきたんですよ。 わたしは酒に関して特別に知識を持っていませんが、かなり上等なブランデーのようです。 封切りしようと思うのですが、どうもひとりでというのも空しい気がして、あなたの顔が浮かびました。 競馬の帰りにお寄りいただく日を作ってくれませんか」 とタイセイさんが電話してきた。 タイセイさんは、只今83歳。ウインズ横...

  • 第297便 おれの花火 2019.09.12

     8月4日のこと、ウインズ横浜からの帰り、JR桜木町駅のホームで大船行きを待っていると背中をノックされた。ふりむくと、やはりウインズから帰りの「良寛さん」だった。 大船に住む彼は私立高校の数学教師で只今50歳。独身である。数学教師でありながら、何かというと自分と同じ出身地、越後出雲崎に生まれた江戸時代の歌人である良寛の話をするので、学校での生徒からの呼び名は良寛さん。私とは大船の酒場で知りあい、私とつきあって競馬にハ...

  • 第296便 ひとり旅 2019.08.09

     月に一度くらいかな、「どうしてる?」と電話してくる高校時代の友だちがいる。私の高校卒業は1955(昭和30)年で、同学年は82歳か83歳になっている。 その友だちは通産官僚としてかなりの出世をし、退任後も私などにはよく判らない組織の役員をし、今は奥さんとともに、裕福な人でないと入れない老人ホームで暮らしている。 「どうしてるのかなあ。おれ、どうしてるんだろうか」 などと返事をしながら私は、 「ま、言ってみれば、ひとり旅に...

  • 第295便 エポワスおじさん 2019.07.12

     第86回ダービーは浜中俊騎乗の12番人気、単勝9,310円のロジャーバローズが勝った。私は地下での、勝利騎手の共同記者会見場にいて、 「3年前に亡くなったおじいちゃんに、今日の日を見せたかった」 とそれまで笑顔だったのに、突然のように祖父のことを言って泣きだした浜中騎手を見ていて、ロジャーバローズが先頭でゴールポストを通過したシーンがよみがえり、ああ、今年も、生きていて、ダービーの日の競馬場にいて幸せだな、と自分に言った...

  • 第294便 ひとりじゃない 2019.06.12

     5月5日の夜、 「明日、遊びに行ってもいいですか。うれしい報告があるんです」 と幸市が電話してきた。 「ひょっとして、女性といっしょ?」 「だといいですけど、ちがいます。でも、ぼくには、電話で言うのはもったいないくらい、うれしいことです。ひとりじゃない事件」 「わかった。明日を待つよ」 と私が言った。 西沢幸市、26歳。横浜市戸塚の自動車修理工場で働いている。2歳のときに父親が失踪、8歳のときに母親が病死し、横浜...

  • 第293便 こんこんこん 2019.05.13

     新しい年号が「令和」と発表された日の夜、鎌倉のにぎやかな小町通りの裏にある路地の酒場にいた。あとから大工の雄二さんも入ってきて、ずいぶん会っていなかったよなあと乾杯をした。 「令和って決まったというけど、今日はエイプリルフールで、あれは嘘なんだ。本当の年号は、読み方はレイワと同じなんだけど、字が違う。数字のゼロの零に、話と書いてレイワ、零話。 じいさんもばあさんも、若いのもガキたちも、誰もがスマートフォンに占領...

  • 第292便 ユクエフメイ 2019.04.10

     新聞に哲学者の鷲田清一の連載コラム「折々のことば」があり、2019年3月8日には、 「人間には、 行方不明の時間が必要です」 という茨木のり子の詩の書きだしが引用されていた。 「自分を大切に思うのも大事だが、ときに自分に厭きる、自分をチャラにすることも必要だ」 と引用の理由も書いてある。 私には寝酒と同じように、ベッドで子守歌のように読む本が何冊かあり、文庫本の茨木のり子の詩集「倚りかからず」もその一冊で、46行の詩...

  • 第291便 とんぼのように 2019.03.12

     1月20日のこと、ウインズ横浜に着くとテレビに、中山3R3歳未勝利に出走する15頭のパドックが映っていた。 「おっ、モリト」 そう思って私は8枠15番のモリトローテローゼを見つめる。 冠名「モリト」の石橋忠之さんとは、ときどき手紙のやりとりがある。去年は救急車のお世話になったりして石橋さん、ずいぶん病院通いをしたようなので、モリトローテローゼが歩いていると、石橋さんが歩いているような気がしたのだ。 画面のパドックを見上...

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