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プロフィール
吉川良作家

1937年東京都生まれ。
芝高等学校卒、駒澤大学仏教学部中退。
薬品会社の営業、バーテンダーなど数々の職業を経験。
1978年すばる文学賞受賞。
1999年社台ファームの総帥、吉田善哉氏を描いた「血と知と地」(ミデアム出版社)で、JRA馬事文化賞、ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。
JBBA NEWS掲載の「烏森発牧場行き」第1便~第100便は「サラブレッドへの手紙(上・下巻)として2003年源草社から出版されている。
著者のエッセーには必ず読む人の心をオヤッと引きつける人物が毎回登場する。
「いつも音無しの構えでみなの話に耳をかたむけ・・・」という信条で、登場人物の馬とのかかわり、想いを引き出す語り口は、ずっと余韻にひたることができるエッセーとなっている。
馬・競馬について語る時は、舌鋒鋭く辛口の意見も飛び出すが、その瞳はくすぐったいような微笑みを湛えている傑人である。

最新記事一覧

  • 第305便 ウインズ休止 2020.05.14

    「あんなに競馬が好きだったのに、競馬のテレビをつけても、見ているんだかいないんだか、何も反応しないで、ただぼんやりしてるんです。 認知症っておそろしい。人間って、こんなふうにもなっちゃうんだって」 と電話をしてきた勇さんの奥さんが、 「ただね、昨日、三度くらい、ヨシカワ、ヨシカワって、わたしに言うの。 ヨシカワが、何、って聞いてみても、ただ黙って、話は続かないんです。 すみません、ほんとうに勝手なお願いなんですけ...

  • 第304便 古井さん 2020.04.10

     「日本の純文学作家の最高峰の一人で、内向の世代を代表する古井由吉さんが18日、肝細胞がんで死去した。82歳だった。葬儀は近親者のみで営んだ」 と新聞で読んだ2月の朝、庭の地面に低く咲いていたクリスマスローズの色をしばらく見つめたあと、仕事部屋の書棚から抜いた古井由吉作品集「明けの赤馬」を机に置き、合掌した。 古井さんは競馬が好きだった。雑誌「優駿」に競馬エッセイを連載し、競馬会広報に関わる人たちが集まる東京競馬場と...

  • 第303便 無時間 2020.03.11

     「暦では新しい年を迎えたが、そうした時計が刻む通常の時間、とは異なる時間がある、と谷川さんはいう。その時間の中では、死者たちも、一種の幻想みたいに存在しつづけている、という。谷川さんはそれを、無時間の時間と呼ぶ。肉体にこそ通常の時間が刻まれていくが、無時間を生きる魂や心は死ぬことはなく、不老不死。だから武満徹や大岡信ら親友が亡くなっても、寂しくないという感覚がずっとある」 と赤田康和という人が書いた文章を新聞で...

  • 第302便 マーフィーの日 2020.02.12

    「こんなことやってるんですよ。メンバーのほとんどがジィさんバァさん。もし見てもらえたらうれしいなあ」と去年の2月だったかウインズ横浜で、75歳の野田さんからハガキを渡された。野田さんは元銀行マンで、老後を馬券で楽しんでいる。 プロの画家を先生にして、趣味で絵を描くグループの作品発表展が、横浜のランドマークタワーのなかのギャラリーで開催する案内状のハガキだ。 「このギャラリーは、横浜美術館へ行った帰りに寄るので知って...

  • 第301便 けやきの下で 2020.01.14

     東京競馬場に着くと、第4R3歳以上1勝クラス、ダート1600に出走する16頭がパドックを歩いていた。 パドックで見ても何も分からない私なのだが、競馬場へ来たら殆どのレースのパドックを見ている。パドックで馬を見ているのが好きなのだ。すばらしい景色で、好きな絵で、それを見ているのが幸せなのだ。 着いてすぐのレースは、1番人気馬から上位4頭への馬単を4点買うのが、この数年の私の決めごとである。 1階スタンドのゴールポストが真...

  • 第300便 吟行「競馬場」 2019.12.10

     私が句会「凡の会」に参加したのは70歳のときである。冬に、家の近くの大野さんの家で昼間から酒をのんでいたら、障子に蝿のような黒い小さな生きものがちょろちょろと動いて消えた。 その部屋に大野さんが作った俳句を筆書きした短冊がいくつか立っている。 「ぼくにも一句、浮かんできました」 そう私が言うと、大野さんがボールペンとメモ用紙を私の前に置いた。 「真昼より酔うてそうろう冬の蝿」 そう私が書いたのをきっかけに、大野さ...

  • 第299便 元気で 2019.11.13

    夜、テレビのニュース番組を見ていると、たくさんの人が山道をのぼり、山頂の慰霊碑の前で目を閉じ、手を合わせた。 死者と行方不明者を63人も出した、長野と岐阜の県境にある標高3,067メートルの、御嶽山の噴火災害から5年。2019年9月27日、死者を悼む登山者を伝えるニュースである。 噴火で夫を失った58歳の女性が画面にいて、向けられたマイクに、 「先ず、ありがとう、と言いました。わたしたち家族は、あなたがいて、何ひとつ心配しない...

  • 第298便 タイセイさん 2019.10.10

     異常に暑い日が続く2019年の夏、 「昔の教え子が遊びにきてくれまして、上等なブランデーを土産に持ってきたんですよ。 わたしは酒に関して特別に知識を持っていませんが、かなり上等なブランデーのようです。 封切りしようと思うのですが、どうもひとりでというのも空しい気がして、あなたの顔が浮かびました。 競馬の帰りにお寄りいただく日を作ってくれませんか」 とタイセイさんが電話してきた。 タイセイさんは、只今83歳。ウインズ横...

  • 第297便 おれの花火 2019.09.12

     8月4日のこと、ウインズ横浜からの帰り、JR桜木町駅のホームで大船行きを待っていると背中をノックされた。ふりむくと、やはりウインズから帰りの「良寛さん」だった。 大船に住む彼は私立高校の数学教師で只今50歳。独身である。数学教師でありながら、何かというと自分と同じ出身地、越後出雲崎に生まれた江戸時代の歌人である良寛の話をするので、学校での生徒からの呼び名は良寛さん。私とは大船の酒場で知りあい、私とつきあって競馬にハ...

  • 第296便 ひとり旅 2019.08.09

     月に一度くらいかな、「どうしてる?」と電話してくる高校時代の友だちがいる。私の高校卒業は1955(昭和30)年で、同学年は82歳か83歳になっている。 その友だちは通産官僚としてかなりの出世をし、退任後も私などにはよく判らない組織の役員をし、今は奥さんとともに、裕福な人でないと入れない老人ホームで暮らしている。 「どうしてるのかなあ。おれ、どうしてるんだろうか」 などと返事をしながら私は、 「ま、言ってみれば、ひとり旅に...

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