烏森発牧場行き
1937年東京都生まれ。
芝高等学校卒、駒澤大学仏教学部中退。
薬品会社の営業、バーテンダーなど数々の職業を経験。
1978年すばる文学賞受賞。
1999年社台ファームの総帥、吉田善哉氏を描いた「血と知と地」(ミデアム出版社)で、JRA馬事文化賞、ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。
JBBA NEWS掲載の「烏森発牧場行き」第1便~第100便は「サラブレッドへの手紙(上・下巻)として2003年源草社から出版されている。
著者のエッセーには必ず読む人の心をオヤッと引きつける人物が毎回登場する。
「いつも音無しの構えでみなの話に耳をかたむけ・・・」という信条で、登場人物の馬とのかかわり、想いを引き出す語り口は、ずっと余韻にひたることができるエッセーとなっている。
馬・競馬について語る時は、舌鋒鋭く辛口の意見も飛び出すが、その瞳はくすぐったいような微笑みを湛えている傑人である。
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第339便 人生の一日 2023.03.10
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第338便 53年、ひとりで 2023.02.14
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モーリスとジェンティルドンナの娘、ジェラルディーナが第47回エリザベス女王杯を勝った11月13日の夜、東京の大田区羽田に住む小沢さんから電話がきて、 「いやあ、しばらくですね、百年ぶりのような気がする」 と私が言った。コロナ禍の前には、ウインズ横浜や、その近くの酒場で、ちょこちょこ会っていたのだ。 「今日、とんでもないことが起きちゃったんですよ。エリザベス女王杯の3連複が当たっちゃったんです。もうねえ、びっくり。まさ...
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第336回 秋、祈り 2022.12.12
ウクライナのキーウ近郊ボロジャンカで2022年10月、電力危機に見舞われ、明かりに使うローソクを手に、窓の外を見つめるバアさん。 新聞にあった、その写真を見て、見つめて、ウクライナを破壊しているロシアのボスが、この写真を見たら、どんなふうに感じるのだろうかと私は思った。ひょっとして、そのボスは、母親から生まれた生きものではないのかも。では、何から生まれた生きものなのだろう。 「窓から見つめるバアさん」と書いて、私が女...
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あたりまえのことを言うなと叱られそうだが、八十五歳になっての日々は、「おれにとっても初めての経験だよなあ」とひとりごとを言って、ちょっと笑いそうになる。 それでつくづく、人間という生きもの、何か楽しみがなくなったら元気を失い、毎日を空しく過ごして、いっそう身体にも悪いよなあと思う。 おかげさまで私は、自分用に書き止めておいた、誰かしらと会ったときの記録を綴ったノートがたくさんあり、それを読みかえすという楽しみが...
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第334回 ああ、手紙 2022.10.12
新聞の見出しに大きな活字で、「ユーチューブも、ドラマも、勉強も、食事も、お風呂も、寝る時も一緒に」とあり、もっと大きな活字で、「つながり続ける若者」とあり、「急成長の音声SNSパラレル」という見出しもついている。 『鳥取県の高校3年生の「ちゃんさん」(18)の夜は、スマホとともに過ぎていく。「推しの動画を友達と見ながら話します。」ツイッターやインスタも使うが、最近はもっぱら「パラレル」のアプリにどっぷり。何時間もつな...
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私の家の近くに、出版社で働く若い女性がいる。彼女はかなりの酒好きで、休みの日など、 「わたしの家、みんなお酒がダメで、昼にビールなんかのんだら、変質者扱いされちゃう」 と私の家にビールをのみにきたりする。 その彼女が、雑誌の投稿歌で感動しちゃったと、 「ああ、こんなときにも空をきれいだと思っていいの 自転車をこぐ」 という歌を教えてくれた。 この作者、きっとウクライナのことを感じながらの歌だと、彼女も私も言い、...
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